152 豪州必殺仕事仕掛け人
先々週、自宅のガレージで、いつものようにオーディオ機器の修理をしていると身長190センチに近い大柄の男が入って来た。両足の太腿から上にかけて大きな刺青をしている。お世辞にも、まともな人間とは思えない風体だった。
「ドライブウエイ(道路からガレージに通じる車道)を洗う仕事をやっているが、それを80ドルで、玄関までの通路とそれに車庫前レンガ塀の洗浄を合わすと130ドルにする(但し現金で)がどうか?」と、たずねて来たのだ。
私の家は築30年になる。新築から3年後に買った。当時(1981年後半)オーストラリアドルは固定相場制(360円)から変動相場制に変わってまもなくで、次第に豪ドルの価値が下がりつつあったが、それでも一ドルが260円もした。この家は8万7千ドルで売り出していたのを千ドル値引きしてもらい買った。日本金に換算すると2236万円となった。当時、永住直後で、この家の値段は高いのか安いのか分からなかったが買ったのだ。しかもドーナツショップの権利を買った後だったので、お金が足らなくなり、その不足分を銀行から借りることにした。この国では海外から間もない移住者であっても、銀行から簡単に、お金の借り入れが出来たのだった。
689ヘーベの土地に3ベッドルーム、キッチンとダイニングルーム、少し広めのリビングルームにトイレが二つ、それと車二台分の車庫が付き平屋であった。日本に比べれば広い感じだが、昨今裏通りのウォーターフロント(裏庭がボート係留可の水路に面した)の敷地に数々の豪邸が建ち並ぶようになったので、一般家屋としても下クラスであろう。プールが付いていないし、ガーデンもそう広くないので維持費はほとんどかからない。芝刈りは季節によって違うが、平均すると二ヶ月に一度程度、もちろん自分でやる。雑草ボウボウのガーデンだけは嫌なので、何時も庭に出て雑草取りをする。これは又、自分の持病対策でもあり、運動量を増やすことを目的としている。ゴールドコーストの快適な気候の中、夏など上半身裸でやると非常に気持ちが良い。単純作業ではあるが、FM放送で音楽を聴きながらの作業で退屈することはない。
家屋は築30年ともなると、あちこちにガタがくるのが普通である。だがこの家はコンディションの良い方で、20年近く前に屋根瓦を洗浄、そしてペンキを吹き付けリノベイションした。建物外壁ブリック(レンガ造り)にも目だった亀裂は見られないが、ドライブウエイが砂と埃、排気ガス等で非常に汚れていた。その汚なさに見るに見かね声を掛けてきたようでもある。小石まじりのコンクリート製だが、将来打ち壊してタイルでも敷こうかなと思っていた矢先だった。しかし大仕事となるため、工事費が高く付きそうであった。
「ところでどれくらい白くなるのか?」と聞くと「この程度だ」と言って白い部分を指さした。「水洗いするだけでこのように白くなるのか?」というと、「いやケミカル(薬品)を使う」と答えた。「この近辺で作業をしたことがあるのか?一度その結果を見たいから」というと、二箇所ほど場所を言った。「とにかく二、三日考えさせてくれ、決まったらこのビジネスカードの番号に電話をするから」と言ったら、帰っていった。
数日後、玄関のドアーに同じ名刺が挟んであった。「電話しなかったので又やって来たな」と思った。それから二日後、何時ものようにガレージで仕事をしていると彼が入ってきた。そして「どうするのか?」と聞くから「来週ではどうか」と言うと、「今からでもやれる」という。私は彼が余程仕事をしたいのだと思い、「それならやってくれ、水道の水はあまり使いたくないのだが」と言ったら、「分かった」と答えた。普通工事関係者は作業用に改装したバン型式の車に乗っている。彼は前と同じ古く小さな乗用車で来ていた。そして良く見ると、助手席にもう一人乗っていた。以前にも車に誰か乗っていたが、同一人物だったかどうか定かではない。
彼は車から道具類を取り出し始めた。洗浄作業用ツールはそんなに大掛かりで多くはない、後部トランクで充分収納ができたのである。噴霧器を背負い、通路とドライブウエイに液をかけ始めた。ケミカルを使うと言ったのはブリーチのことだった。その匂いのきつく臭いこと、玄関のドアーを完全に締め切り、家に侵入してくるのを防いだ。
しばらくすると、そのドアーを大きく叩く音がするので、ガレージまで出て行った。そうすると車に乗っていたもう一人がモービルホーンを片手に電話をしながら、「お願いがあるのですが」という。「なにか」と聞くと、「タクシー会社に電話をかけているがビジー(忙しい)で出てこない、カジノまで行きたいのだが」と言いながら、手で私の車を指す。私は彼が何を言おうとしているのかさっぱり分からず困っていたが、暫くしてようやく理解出来た。タクシー会社と連絡が取れない、それで私の車でカジノまで送って欲しいとのことだった。車道で噴霧器械を車に積み込んでいる彼が、私に何か言おうと合図を送っている、しかしそれが何であるかは分からない。
「彼に送って貰ったら、コンクリートの洗浄作業は急がないから、とにかく私は客なのですよ、客にものを頼むというのはどうかなあ」と言うと、「もういい」といって私から離れて行った。二人とも50歳を過ぎた男である。生活上、或いは仕事上で、最も大切なモラルとか一般常識はどうなっているのかと首を傾げた。マナーとか常識はたいてい子供の頃に親が教え、躾して行くのが普通である。昨今、日本でも、それを子供に教えられる品格ある親がいなくなってしまったのではなかろうか。
ブリーチをかけ30分後、水道水を使った高圧水噴射器での洗浄が始まった。彼は身体中刺青をし、決して品のある人物とは見えないが、誠実で仕事熱心な男であった。たっぷり時間を掛け丁寧にドライブウエイを洗っていった。仕事をやりながら私に話かけてきた。「マイト(友人)があんなこと頼んで申し訳ない、彼はちょっと頭がおかしいのだ」と言った。「ここからカジノまでは2キロ、タクシーが来なければ歩けば良い。私は運動のため毎日4キロを歩いている。人間には足、立派な足があるのだ!」と私は足を叩いて見せた。
ドライブウエイと玄関前の歩道は一皮剥いたように白くなった。26年前、家を買った時点に戻ったのである。これでコンクリートを打ち壊し、高額なタイル敷き工事はしなくて済む、130ドルの洗浄でこんなにきれいになるとは思わなかった、随分安く付いたのだ。
この際思い切って、ドライブウエイの上にパティオ(金属性の覆い屋根)を取り付けようと思い見積もりを依頼した。ガレージ内のワークショップが修理品でいっぱいとなり手狭になってきたからで、車を屋外に駐車したいからである。業者は電話したその日の夕方にやって来た。屋根の広さは39へーベでカラーボンド(色付けしたブリキ)製、周囲を豪華に縁取り、トユを付け支柱は4本、これで6930ドルであった。見積もりに来た人に20数年前裏庭に取り付けたパティオを見せた。すると「これは高価なアルミニューム製で、もしこの材料で今施工すれば、この見積もり額の倍の値段がする」と言った。
「ところで市当局への許可は?」と聞くと「私が書類申請を市に出すことにより工事が終わると彼らは点検にやって来る。この工事だと1000ドルはかかるだろう」と言った。「書類の提出にどうして1000ドルも必要なのか。それで家の建て面積が広くなれば、レイツ(市税)も上がるのか?」「そうだ、市当局は、常に市民からお金を取ることを考えている」と言った。それならぼったくりである。
「泣く子と地頭、政府には勝てない」と、先日、石原東京都知事が言った。福田総理から都税収の一部を地方に回すことを頼まれたからである。この国でも「泣く子と地頭、市当局」には決して勝てないように出来ているのである。
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