2009年8月 3日 (月)

190 食べ過ぎに注意、糖質制限食

糖質制限食を始めて6ヶ月目に入った。相変わらず、ご飯、パン、麺類、トウモロコシ等の炭水化物類、芋等のでん粉類、お菓子、甘い果物の一切(アボカド以外)を口にしていない。

主食としている野菜は、キャベツ、白菜、ブロッコリー、レタス、サラダ菜、芽キャベツ、アスパラガス、ズッキーニ、セロリ、マッシュルーム、ねぎ、大根、キューリ、トマト、もやし、その他葉や根の野菜のすべて、それらを、生か或いは蒸し、酢醤油にマヨネーズを混ぜたタレに浸して食べたり、炒め物や魚や肉と鍋物にしたりする。

それと毎食欠かさないのが野菜たっぷりのスープ、これは魚の頭やアラ、ポークボーン、ビーフボーン、鳥殻等から、ダシを取る。冷蔵庫に入れると完全なゼリー状になるから、たんぱく質の固まりである。にんじん、かぼちゃは糖質が多く含まれていることから、なるべく食べないことにしている。いかなる野菜にも、又は肉でさえ、わずかだが糖分が含まれていて、食べ過ぎには注意をしなければならない。しかしメインだった炭水化物類を取らない分、ついつい過食ぎみとなってしまうのである。

一ヶ月前、東芝製マレーシア産の冷蔵庫を買った。以前の製品は27年前に買った品物でまだ使えたのだが、オゾン層を破壊するフロンガスを使っているため、ガス補填が出来ないということで買い換えることにした。

日本なら古い冷蔵庫を処分して貰うのに、お金を出さねばならぬところだが、オーストラリアでは無料で、しかも422L440L、の冷蔵庫二台と400Lの冷凍庫を何も言わずに持って行ってくれた。それらは長年ガレージに置いて、大きなスペースを占めていたが、なくなったのですっきりした。

最近の冷蔵庫は機械部分が小型化され、新断熱材で壁が薄くなり、外観のわりに内容量が大きくなっている。店員から「一人暮らしなら、532Lも必要ないのでは?」と言われながらも買った大きな冷蔵庫、隙間もないほどの野菜、魚、肉類を詰め込んでいる。マーケットに店を出しているので、3時過ぎともなると野菜売り場では安売りが始まる、ついつい大量に買ってしまうのである。

今は冷蔵庫に入り切れないので外に出しているが、夏となればすべて中に収納しなければならなくなる。ところで今年のゴールドコーストの冬、例年になく寒い(朝夕の最低気温で10度前後だが)、夏場非常に暑かったのが原因だと人は言っている。

過去ブログ185の実践編、私の一日の血糖値表では朝と昼の空腹時(食事前)では110mg/dl以下であった、しかし最近は130mg/dlmまで上昇している。空腹時の血糖値がすでに高いことから、食後2時間後は180mg/dl近くになったりする。200mg/dl以下なら血管の破裂する危険性はないと言われるが、野菜ばかりとは言え、腹八分にすべきであり、たらふく食べ過ぎなのである。野菜でも大量に採ると総合糖質量が増え、血糖値が上がるのは当然で、タレとしている酢、しょう油、マヨネーズにも少量だが糖分が含まれているから、かけ過ぎは禁物である。特にアボカドとブロッコリー、芽キャベツが大好きなので、ほぼ毎日のように食べているが、これらも食べ過ぎには注意をしなければならない。

(糖質制限食の本、基礎編の食物一覧表ではアボカドは要注意の果物となっていたが、実践編では問題なしと訂正された。筆者が試食後の血糖値検査でそうなったと思われるが、私の好きな食べ物の一つだったので安心した)

糖尿病患者の場合、糖質1gで血糖値が3 mg/dl上昇すると言われている。糖分の少ない野菜であっても総合計となると10g位はすぐに取ってしまい30 mg/dlの血糖値上昇など簡単である。かろうじてその何十倍も糖質のある炭水化物類を取らないことで血統降下剤を飲まなくて済み、薬による副作用、低血糖症発作に見舞われることもなくなった。主食を取らない分、その代償とも言えるが、前と比べて顔色が良くなったと人は言ってくれる。たぶんそれは薬が影響していたのではないかと思われる。

ところで不思議なことに、数ヶ月前、糖質制限食を始めて血糖値が急激に下がり始めた頃、前からやっていた早足で歩く運動をしようとする気持ちが全く起きなかった。しかし最近血糖値が少し上がったことで、身体が要求し出したのである。やる気とパワー、エネルギーが湧き出し、以前よりも一層早足で歩くようになった。

スモールビジネスだが一応商売をやっていると、お客さんに対してでも覇気が必要で、それを生み出すには早足で歩くことが一番である。しかも終了後には血糖値が50mg/dl(以前は20mg/dl)も下がって平常値となるのだからこれ以上のことはない。

G I(グリセミック・インデックス)という数値がある。食物摂取後の血糖値の上昇率をブドウ糖100として相対的に表したもので、GIの高い食品は消化吸収が早く、食後血統値が急激に上昇しインシュリンの分泌が高まる。この率が高くなればなるほどインシュリンの量が必要で、そのような食べ物(炭水化物類)は糖尿病患者としては特に注意をせねばならないが、今までの検査リストはすべて健康な人が対象であり、患者としてはその半分以下が目安となる。

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左のグラフは糖質、たんぱく質,脂質が血管内に取り込まれる速さだが、糖質の場合は急激に上昇し、このとき大量のインシュリンを必要とする。糖尿病患者の場合、その急激なインシュリンの追加分泌は出来ない体質から、高血糖状態が長い時間続くことになり、血管が破裂したり、詰まったりして、いろんな病気を併発するのである。

今までの研究結果では糖尿病患者のレシピーとして、炭水化物(糖質)を60%、たんぱく質20%、脂肪20%の摂取が必要とされてきたのだが、これは空腹時血糖値を基準としていたからで、最近の研究では、この摂取法では悪化させても改善は見られないことが分かってきた。重大なのは食後血糖値の方で、食後血糖値を上げない方法は単純明快、そのような食べ物を避ければ良いのであった。

人類は狩猟生活から農耕文明に移行したことで、食べ物が豊富となり、人口が急激に増加した。その代わり、昨今のように炭水化物や脂肪の取り過ぎで、肥満とか生活習慣病が増えたのである。人間の身体は飢餓には強いが、過食には向いていないと言われ、数万年前の狩猟時代、常に腹ペコで食べ物を探していた頃の体質がそのまま残り、インシュリンを出す、すい臓のベータ細胞が十分発達して来なかったのが原因だと言われている。あと数千年も経てば、それに適応出来る細胞に進化していくだろうが、今が糖尿病患者として、それまで待つ訳にはいかない。

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2009年6月17日 (水)

189 医者要らず!究極の糖尿病治療、克服編

Hba1c

オーストラリア最大の血液検査機関であるSullivan Nicolaides Pathologyでの糖尿病血糖値(HbA1c)の検査を先週受けてきた。昨年クリスマス前に受けて以来半年ぶりのことだった。そして、上記表の如く、本当にすばらしい結果が出たのである。完璧な糖質制限食を始めて四ヶ月半目の事である。モニターでも血糖値の下がり具合を確認出来たので、検査はもっと早目に受けても良かったのだが、糖質制限食による体調の変化や弊害、野菜数種類、摂取後のテストも行いながら、たっぷりと時間を掛けた。

私は日本で若い頃から糖尿病予備軍とし、この国で始めて糖尿病患者と認定されたのが1992年のことである。その時からの記録がこの表で、間の空いている期間は医師を代えた時期、又は無検査の頃で、アップダウンの激しい期間は医者が薦める血統降下剤の服用を拒否、極端な食事制限をしていたが、遂にギブアップ、ダイエット療法が完全に途切れた時期である。

このグラフ最高値の12.2%ともなるとインシュリンの使用が必要となる。この頃から本格的な糖尿病治療に取り組み始めた。その後、血統降下剤の服用と共に、訳の分からぬアップダウン(果物の採りすぎが原因)を繰り返しながら現在に至っていた。そして四ヶ月半の糖質制限食実践後、今回始めてのチェックで健康人に近いHbA1c 6.2%の数値が出たのである。

十年以上も血統降下薬を服用しているのに、尚カロリー制限や運動療法を強いられ、しかも薬による低血糖症が度々襲って来た。その時は言葉では表現出来ない程苦しい、そんな理不尽な話はないと思っていた。たまたま友人から借りた本で、その克服法を知った。実践してみると案外簡単に出来た。そして日々その効果が現れ始めた、間違いなくこの本に書かれている通りだったのである。

以前は、血糖値検査を受ける、その数日前から食事制限をして、値があまり上がらないようにと気を付けた。しかし、その方法は全くの誤りであることが分かった。血糖値は日々、時間、食事内容、体調、ストレスなどによって変化しやすい不安定な値で、物を食べなくても、興奮するだけで急激に上がったり下がったりするのである。ところが糖尿病患者の場合、上がるのは簡単、しかし一旦上がったら、なかなか下がらないから困るのである。

少し前だった、セコンドハンドのパソコンを売り、買い手の家まで納入に行った。設置、インターネット接続に時間が掛かり、その説明にも大変な労力が要った。帰宅が昼食前になって血糖値を計ると、何も食べていないのに異常な程の高い数値が出た。かなり大きなストレスとなっていたのである。

又、私たち患者が使用している市販の血糖値計測器では正確な数値の測定は出来ない、単なる目安にしかならないと言うことである。数ヶ月前、店で普段使っていた器械が盗まれた。早速、新製品を買い使ってみると、同時間、同場所からの血液でも数値がめちゃくちゃ違うことがある。商品の販売元へ確かめると、その誤差は20%で正常だと言った。20%の誤差ともなると大きな数値で患者、健康人の判別も難しくなってくる。私は今、正確な数値が必要なので、二台の器械を使い、同じ血液を両方に注いで測定している。

ヘモグロビン(HbA1cというのは糖化ヘモグロビンとも呼ばれ、血色素にブドウ糖がくっ付いたものだが、一旦くっ付いたら決して離れず、通常1~1.5ヶ月間が寿命でその後死滅する。でも常に平均血糖値が反映され、食事やストレスに影響されることなく検査が出来、その数値も正確で不変である。しかしこれは検査機関でないと測定出来ないのである。

したがって糖尿病患者は常日頃から摂生しておかないと、検査の前だけいくら食事療法を試みても駄目だと言うことである。健康な人の正常値は4.4%から5.8%で、私もあと僅かだが、この数値に向かっての努力が必要である。

それにしても糖質制限食による血統降下法がこんなに糖尿病患者に効果があるとは驚きである。 過去ブログ「182 究極の糖尿病治療 ?」で私は五十数年前、糖尿病患者であった父親の事を記した。父は「好きな物が食べられないなら死んでも良い」と言った。あの時、食事療養をしていればもっと長生き出来たかも知れない。彼はすでに老齢だったから、いずれ時が来れば死しても病死と老死では全く意味が違う、病死なら決してハピィな人生だったとは言えないからである。

しかし考えてみると当時の医学と五十数年後の現在医学、最新機器の発明で検査技術の分野ではハイレベルな発展を遂げた。細胞とか遺伝子のレベルまで詳細に分析出来るようになり、個人鑑定さえも可能となったのだが、治療全般、特に糖尿病患者の治療に関しては特効薬の開発等、何の進歩もしていないと言える。一番原始的な方法、糖分を摂らない食事療法が最適だったとは長い間誰も気付かなかったのである。

私のGPドクター、検査結果を見ながら、血糖値が正常近くなったことで、今まで私に処方してきた薬が間違っていなかった、血統降下剤の効果が現れてきたと喜んでいたようだったが、私は「薬は一切飲んでいない」と言ったら、信じられないような表情をした。医者としても、製薬会社にしても、このような糖質制限食による単純な方法で、難病とされてきた糖尿病の治療をされては困るはずである。

来週、この検査結果と共にGPドクターの手紙を添えて、大病院にある糖尿病スペシャリストドクターへのブッキングをしている。さて、彼がどのような反応を示すかも楽しみだが、遺伝的糖尿病患者である私は、生涯に渡って摂生を心掛けねばならないことだけは確かである。

五ヶ月近く、米とかパンの炭水化物類、果物類一切を食べていない。すい臓にあるランゲルハンス島ベータ細胞を休息させ、回復を待ちつつ、モニターを通して、少しずつ、穀物類も食べていこうと思っている。

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2009年6月 1日 (月)

188 クイーンズランドの水害

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先々週の中頃から降り続いていたゴールドコーストの雨、止まるところを知らないほどの勢いで、時々強風も伴って、まるで嵐のようだった。これだけの豪雨ともなれば、近辺で被害が出ているだろうと思っていたが、やはり後日テレビを観ると、いたるところで災害が発生していた。

今、オーストラリアは初冬、晴天が普通なのにこのような天候は珍しい。これが夏期であれば落雷と共にヒョウが降り、大木が根元から押し倒され、家や車がその下敷きとなる、そんな光景ばかりをテレビで観ているのである。

オーストラリアは都会でも自然は一杯だが、そのかわり天災による被害も多く、自然が猛威を振るうと人間の手におえないほどの被害が出る。ほんの数ヶ月前には雨不足により高温(45度前後)と乾燥で、ビクトリア州山間部で大きな山火事が発生した。多数の死傷者が出、家を焼かれた被災者が大勢テレビ出演をしていた。今度は低い地区での大雨による浸水である。

上の写真はゴールドコースト·ブルティン紙からで、至る所水に浸かった家々と道路である。有難い事に私の住む地区では水による被害はなかったが、公園の大木があちこちで根元からひっくり返っていた。近辺に建物がないから良かったものの、直撃を受けたら一たまりもなく押し潰されただろう。

過去ブログ「37 TAFEのプレゼンテーション」でも記述したが、この州には昔の建築法でクイーンズランダーと呼ばれている家屋がある。木造で高床式、暑い夏でも涼しい設計となっている。又、大雨が降り、少々洪水に見舞われても普段生活している二階の床なら大丈夫で、住民はボートを漕いで買い物をしたり、隣近所を移動したりする。平地でも海抜が低いので、水が引くのが非常に遅く、時には数ヶ月にも及ぶこともある。これを見越しての建築方法で、先人の知恵と言うか、自然と同居した生活環境といえる。

急速な土木工事の発達でダムが出来、河川には堤防が出来る。低い土地は盛り土をして宅地とし、家を建てる。しかしそれにつられるようにして、低い土地でも家が建てられるようになった。しかも高床式でなく平屋である。地方自治体は、過去の記録から、何時かは洪水になる危険性があっても、人口の増加で建築許可を出してしまう。それは家を建てさせるとレイツ(住民税)が入り、市の財政が潤うからである。

天災は忘れた頃にやって来る、しかも記録にない想定外の被害をもたらすことが多く、猛威の度合いは誰も知ることが出来ない。どこの国に住んでも普段から災害に対しての心構えだけは必要である。

ゴールドコーストではいたるところに運河が張り巡らされている。高額な物件を目的とし、ウオーターフロントの宅地を造成されてきた。裏庭に自分のボートを係留することが、富裕としてのステイサスシンボルだと思われてきたのだ。しかし考えると、これらの土地は海抜ゼロに近い地帯であって、大潮の時には海水が裏庭の芝生まで迫り、塩害で茶色に変わることもある。

昨今の地球温暖化で北極、南極の氷が溶け始めている。今は緩やかな海面上昇だが、すでにすべての氷の温度が上昇、塊が緩んでいる為、溶け始めると急速な氷解が起きる。そうなればゴールドコーストの住宅地の殆どは水没し、人が住めなくなってしまう。私の家はウオーターフロントではないが、近くの家が水に浸かれば同じく住めなくなる。

下の切り抜きは先週水曜のゴールドコーストブルティン紙からである。ゴールドコーストで土地価格の一番高い場所はビーチフロント(海岸線宅地、一区画約2億円以上)である。裏庭から波打ち際までの距離は数十メートルで、誰もが住みたいと思っている。したがって不動産業界、投資会社のターゲットとされている。

先週始めの高波で裏庭まで波が押し寄せ、砂を持って行かれ、この有り様である。百年も前のゴールドコースト浜辺のほとんどは、このような崖のような状態だったと言われている。近年になり北の方から砂を大量に運び、今のようななだらかな浜辺を作った、いわゆる人工ビーチなのである。それで何年に一度かは大波で砂を持って行かれても不思議ではなく、これが自然の姿なのだ。市当局は補修するのに40ミリオンドルが必要だと言っている。レイツ(市民税)のアップにつながらなければ良いのだが。

ところで数年前からの水不足で下水を飲み水として使う大々的なプラント工事、今は中止となっている。ゴールドコーストの水がめであるヒンズダム、堤防を高くする工事が間に合わず、ところどころオーバーフローを起こしている。しかし市民は今もその費用を負担、徴収され続けている。

先々週の大雨で長い間渇水状態だったブリスベンのダムも満杯となった、これでゴールドコーストから水を買う必要もなくなった。数ヶ月前の選挙で勝利、再選された知事のアン·ブライト、テレビのニュースで水害で困っている被災者がたくさん居ると言うのに、水不足解消、一年間は大丈夫と大喜び、はしゃぎ回っていた。

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(ゴールドコースト南部海岸線は大波によって大量の砂を持って行かれ、無残にも崖のような段差が出来てしまった。)

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2009年5月18日 (月)

187 ゴールドコーストの犯罪件数

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左はゴールドコーストブルティン紙の切抜きで、最近起きた同市での凶悪犯罪の数々である。最近は特に拳銃による事件が多くなっている。これは銃の種類にもよるが千ドルから5千ドル程で、二、三軒パブ(酒場)回りをして探せば、簡単に手に入るそうである。後日、犯人が逮捕されても、ポリスは拳銃の所在をあまり追求しないらしく、ブリスベンとゴールドコーストのブラックマーケットでは現在4000丁の銃が流通しているとの事である。

1996519日、タスマニアの観光地でライフル銃を乱射し、36名を無差別殺戮した事件が起きた。その後アメリカでも大学校内で学生による銃の乱射事件が続発している。タスマニアの乱射で大量殺害をしたのはマーチンブライアントと言う30才過ぎの男であった。この国では死刑がないので、彼は今も刑務所に入っていると思われる。

以来この国では銃規制が非常に厳しくなった。以前、私もライセンスを取得し、6丁のライフル銃を持っていた。ブリスベンに大きな射撃場があって、そこへ兄弟、知人、友人を連れて行ったこともある。(過去ブログ62に詳細)しかし銃の規制が厳しくなった時点でライセンスを放棄し、数丁は売却、旧日本軍が使った三八式、九九式はガンスミス(銃取り扱い専門業者)に頼んで無可動銃に改造して貰った。このようにすればポリスから許可証が発行され、私の店でも公にディスプレイが出来るのである。

オーストラリア政府は厳しい銃規制を打ち出すと共に、一般が所有している銃の買取りを始めた。この政策で私の銃は買値より高く売れ、少しだったが儲かった。その後、テレビで政府は買い取ったすべての銃を鉄屑にするとの報道があり、集めた銃の山を写し出していた。以来、私の持っている許可証付き無可動銃の値段がぐんと上がった。

当時からピストルの所持には規制が厳しく、ピストルクラブに所属することを条件とし、拳銃一丁それぞれにライセンスが必要だった。ゴールドコーストのサウスポートにピストルクラブがあって見学に行ったが、入会はしなかった。

その時、スポーツ射撃の弾丸と戦争用の弾丸との違いを発見した。弾丸の材料には重い金属が必要で、通常鉛を使うのだが、鉛は体内に入ると猛毒で、軍用とか警察用の弾はすべて真鍮板や銅板で鉛全体を包んでいる。戦争は人殺しが目的だから鉛むき出しであろうが、真鍮や銅で巻いてあろうが同じで、それなら戦争をしなければ良いのだが、人道上での観点からそうなっているらしい。

犯罪で使用される拳銃の殆どは、昔も今もブラックマーケットで手に入れた品物が多く、正式に登録、ピストルクラブに所属しているメンバーの品が盗まれて使用されない限り、せいぜい持ち主は自殺用に使う程度である。

下の切り抜き記事は、この国の年齢別による犯罪件数で15歳から20歳が最も多くなっている。ほんの一ヶ月前、私の店に15歳前後の3人組の少年が入ってきた。一つ、二つ尋ねた後、すぐに店を出ていったが、帰った後、糖尿病の血糖値を測る器械が無くなっていた。この器械は財布のような入れ物に入っており、おそらく中に現金でも入っていると思ったのだろう、 開けてびっくり、血を拭いたテッシュを見て、腰を抜かしたに違いない。

3人以上、同時に入って来られると防ぎようがない。彼らもそれが分かっているから、何かするつもりで入って来るのである。罪悪感は一切なく、盗まれる方が悪いのだと開き直り、スポーツでもやるように、そのスリルを楽しんでいるのである。

このような盗難は今までに何度もあった。慣れっことはなっているが、やられると悔しいものである。一人で店をやっているのだから、このようなリスクは仕方のない事かも知れない。

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2009年5月 5日 (火)

186 オーストラリアの老齢年金

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上記がオーストラリアでの、65歳以上のペンショナーに支給される年金額である。もし重い病気に罹っていたり、身体に障害があったり、特別の理由があったりして、それが認められればこの年齢以下でも支給される。さらに家賃を払って生活している人には111.20ドル上乗せされ、病気治療で薬を使っている患者には6ドルの追加となる。その他、特典としては市民税が20%減額、電気等公共料金の割引、列車で国内旅行する場合には半額近くでチケットが買える。

高価な土地付きの家とか豪邸に住まないかぎり、一人暮らしで、普通の自宅と車、銀行定期の総額が7万ドル以下であれば同額支給される。二週間に一度この金額が銀行振り込みされ、一ヶ月ではこの倍額となる。

夫婦の場合はカップルとして二人分支給されるが、シングルの二人分を合わせたより低い金額となる。これは同じ家に住む場合、経費が少なくてすむからである。結婚してなくても同棲の場合はカップルと見なされ、これは厳重にチェックされ、違反するとペナルティを取られる。そして他人が同居し部屋代を取っている場合には、その金額を申告しなければならない。

7万ドル以上のお金を持っていると、金額に応じて徐々に支給金が減額されていくのだが、どの位の金額になったら給付がストップになるのかは知らない。私の店に度々来るお客さんで80歳過ぎの男性だが、彼は100万ドル近くを持っているらしく、彼いわく「セルフエンプロイメント」であると言っていた。セルフエンプロイメントとは自分自身を雇っているという意味で、銀行利子による収入とか企業に投資をして利益を得、そのお金で生活をしている場合で、タックスオフィスの所得申告書にもそのように書く欄がある。

世界的な不況でオーストラリアでも銀行利子がめちゃくちゃに下がった。去年の今頃は最高利率で8.6%もあった。しかし今は100万ドルの定期預金をしている富裕層でも、昨年の半分以下の利子しか受け取れず、生活が厳しく、持ち金の取り崩しをせざるを得なくなってきたのはでないか。

年金生活者としては、この上記の金額ではもちろん満足していない。しかし他の優遇策を考えると決して悪くない。過去ブログでも記したが、私は糖尿病患者で医者にかかっている。このGPはバルク医と言い、診てもらってもお金を払わなくて良い、メディケアカードを見せ、診断書にサインをするだけ、すなわち無料である、半年に一度の他機関による血糖値検査も同じである。

もし自分の医者がバルク医でない場合、現金を払った後でメディケアオフィスへその領収書を持って行くと55%の払い戻しが受けられる、国民が総健康保険加入者だからで、その負担は国、事業主、企業がしている。しかし大病をした場合、公共の大病院では混雑の為、検査や診察が何時になるか分からず、急患の場合には死に至る。そこで私立の大病院をブッキングすると、ここではすぐに診てくれる代わりに診察料が非常に高い。その為、プライベート保険に加入する。だがこの保険料は決して安くない、条件や種類にもよるが年間1500ドル前後は払わねばならず、富裕層ならともかく、一般人の加入は容易ではない。

私の場合、収入が少ないことから、低所得者としてメディケアカードを使っているので、薬代は半額、毎日たくさん使用している血糖値検査用のストリップは通常100枚入りボックスが53ドルもするのに、たったの1ドル10セントで買える。どこでどうなって、こんなに安く買えるのか私は不思議でならない。

先月分厚い老齢年金の申請書が送られてきた。私の個人財産等、すべての情報の書き込みを終え提出した。いよいよ今月から老齢年金が支給される予定である。おりしもケブン·ラッド豪首相が年金額のアップを取り上げたニュースがこの下の切抜きで、月にして20ドル上げられると書かれている。

私はこの国に永住して28年になるが、レストランをやり始めた頃、政府から通達があり年金制度が発足した。そこでわずかな金額だったが、自分自身で25年近く年金を掛けていた。それが昨年終了した。通常年金とは、掛け金を国が没収する代わりに、年齢がくれば支給されるお金である。それがなんと全額払い戻しされたのである。しかも積み立て金額より利子の方が多かった。日本では国民年金、厚生年金共25年以上の支払い記録がないと年金が支給されないといわれている。この国では上記のように金額は一律だが政府がすべて負担をしている。この財源は一体どこから出ているのか、私には分からない。

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2009年4月22日 (水)

185 医者要らず!究極の糖尿病治療、実践編

過去ブログ「182 医者要らず!究極の糖尿病治療、基礎編」の続きです。

2月の中頃から始めた血統降下薬を使わず、完全な糖質制限食による糖尿病克服法の実践、今で2ヶ月が過ぎたが、その効果は顕著に現れている。

ずっと前だったが、GPドクターの言うままに朝夕食後にタブレットを服用していたのに、その効果が現れず、一番強力な4gの血糖降下剤を与えられた。それでもなお効きが悪く、次はインシュリン注射を打たねばと脅され、大病院の糖尿病スペシャリストへと送り込まれたのだった。

ところが、別に理由はなかったが、他の安い薬メーカーのタブレットに変えた途端、血糖値が下がり始めた。どうも以前のメーカーの薬が、私の体質に合わなかったようだ。以来、スペシャリストは暫く様子を見るつもりだったのか、私にインシュリンを勧めなかった。

それから数年経ち、検査機関による血糖値検査(HbA1c)の結果は上がったり、下がったりの繰り返しで、その理由が何であるかが分からず今日まで来ていた。で、今この糖質制限食をやり始めてこの原因が分かったのである。

GPドクターは私に食後の血統降下薬を与えているにもかかわらず、「食事の量は少なく、運動は毎日欠かさない事、そして甘いものが欲しくなったら果物で取るように」と言った。この食後の果物に原因があったのである。ちなみに、小さな桃一つを食べ、一時間後の血糖値を測ってみると、食べる前より54mg/dLも上がっていた。ところで、毎日4キロメートルを早足で歩いているのだが、歩く前と後の血糖値の差が18mg/dL、食べた桃一個の3分の1しか下がらなかったのである。機械と比べ人間の身体は、いかにエネルギー効率が良いかが一目瞭然である。

さて下が私の糖質制限食を開始して一ヵ月半後の一日の血糖値を測った表で、もちろん薬を絶った状態である。なお比較の為、薬を飲んでいた頃のデータもあればと思うのだが、当時は薬まかせだったので記録は一切残していない。

mmol/lはオーストラリアとヨーロッパが使っている単位で、mg/dLは日本とアメリカだけがこの単位を使っている。検査機関による平均血糖値(HbA1c)はこのmmol/lに近い数字なので、理解し安いことから記した。

健康な人なら普通、空腹時はいつも血糖値は110mg/dL以下であり、食後30分から1時間以内は最も高いが、それでも140mg/dL以下である。しかし2時間経つとインシュリンがほどよく出て、元の110mg/dLにまで下がる。

ところで私の場合、この表にもあるように3時間してやっと下がり始めている。かろうじて朝食前と昼食前には正常の血糖値となっているが、夕食を少し高めの状態でとったら、食後2時間も高い血糖値となっている。でもこの表から見ると、医者からインシュリン注射云々と言われ、完璧な糖尿病患者だった私が、その予備軍の領域にまで血糖値が下がったのである。しかも度々起こしていた低血糖症状にも悩されることがなくなった。薬に頼らず糖質制限食だけでここまで改善出来たことは驚きで、現在は食後二時間の血糖値も下がりつつある。糖分の摂取を減らし、すい臓のランゲルハンス島のβ細胞を薬で刺激するのを止めた途端、少しずつ細胞機能が回復、活性化し、インシュリンの出が良くなったようである。

途中一ヶ月内には長年薬を飲み続けたせいだろうか、麻薬患者が禁断症状を起こすような強い倦怠感に度々襲われた。それが何日も続くので、試しにといつもの半分だけ薬を服用した。すると突然気分爽快となり身体がシャンとした。しかし乗り越えねばならぬハードルだと思い、以来一切薬を絶った。

                mmol/l        mg/dL

l        起床    (416AM)   5.4     97.2

l        (人工甘味料入りコーヒー一杯飲む)

l        朝食前   (519AM)   5.7     102.6

l        食後30分  620AM)   8.6     154.8

l        食後1時間 (702AM)   9.1     163.8

l        食後2時間 (810AM)   8.4     151.2

l        食後3時間 (913AM)   8.1     145.8

l        食後4時間 (1012AM)   7.1     127.8

l        食後5時間 (1109AM)   6.8     122.4

l        昼食前   (1201PM)   5.9     106.2

l        食後1時間 (131PM)   8.2     147.6 

l        食後2時間 (245PM)   7.7     138.6

l        食後3時間 (336PM)   7.3     131.4

l        食後4時間 (441PM)   7.4     133.2

l        食後5時間 (542PM)   7.2     129.6

l        (その少し後に夕食)

l        食後1時間 (706PM)   7.9     142.2

l        食後2時間 (819PM)   8.8     158.4

l        就寝    (900PM)   8.5     153.0

ところでこの時の食事とは一体どのような内容だったかである。肉類、魚はもちろん、主食を食べない代わりに野菜をお腹一杯になるまで食べた。今までの糖尿病食のような食事制限は一切していない。食べてはいけないと言われている、ご飯やパンの炭水化物類、イモ類等のでんぷん質、砂糖、お菓子類、果物のすべて、糖分の多い数種の野菜を一切食べなかっただけである。

ブロッコリー(スチームしマヨネーズで食べる)やアボガド(果物らしいが本では食べて良いと記す)が非常に安かったので大量に買い毎日食べた。それと糖質の少ない野菜をふんだんに使った、具たくさんの汁物である。赤味噌は25%近い糖分(白味噌ならもっと多い)が含まれているので、何杯も飲むのは禁物、極安の鯛のアラや頭を買って来てスープをとるとタンパク質ばかりの美味しい、すまし汁が出来る、これが最高にお腹を満たした。豆腐、それにおからは満腹感を与え、大根、キャベツ、白菜もお腹を膨れさせる。

この国では肉が安いからとビフテキを毎日食べてはみたが、やはり日本人、途中で嫌になってきた。今は魚やチキン、卵も交互に食べるようにしている。数種の野菜と糸こんにゃくを入れ、醤油と少々の甘味料で味付けをした、すきやき、魚すきが一番の好物で野菜と肉の炒め物も美味しい。

糖尿病は贅沢病だと言われてきたが、タンパク質摂取中心のこの糖質制限食こそ、そのものずばりである。しかし医者代、薬代を計算し、長い目で見た場合、ずっと安くなるはずである、「食うに倒れるより、病むに倒れる」である。

この簡単で誰にでも出来る、糖質制限食が普及し、万病の元と言われている糖尿病患者がいなくなると、困るのは医者と病院だということである。

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2009年4月14日 (火)

184 豪州で$43bのブロードバンド政策

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百年に一度とかの世界的な経済不況により、日本の自動車産業、電気業界、その下請け関連会社等の減産及び生産中止により、派遣労働者の契約打ち切り、又、本雇いであっても早期退職を迫るなどの人員整理、大企業の社員削減のニュースが日本の新聞紙上を賑わせている。第一次産業が中心のオーストラリアでも鉱物資源の輸出の落ち込みにより、人員削減があちこちの企業で起きている。(写真は先週のゴールドコースト·ブルティン紙、切り抜き記事である)

昨年暮れの巨大資源会社BHPによる大掛かりな人員整理に続き、今回はアルミニュームの原料となるボーキサイト·マイニングのリオ·ティント社が人員のカットを発表した。アルミニュームは鉄鋼に次ぐ、建築業界及びあらゆる生産工場には欠かせない金属だが、その原料が今までのように必要でなくなったと言うことは、いかに世界経済の冷え込みが大きいかが伺われる。

1937年に起きたアメリカの大恐慌、それを救ったのはフランクリン·ルーズベルト大統領のニューディール政策だと学校で教わった。が、本当はその後に続く第二次世界大戦であるとの説の方が有力で、戦争は大量破壊をもたらすと共にあらゆる産業の活性化を促すパワーを持っている。しかし次の第三次世界大戦ともなれば核戦争と化し、世界経済の建て直しどころか、何もかも破壊、何一つ残らない世の中となってしまう。今回の不況の建て直し方として、戦争による経済活性化だけは避けて欲しいと願う一人である。

先週オーストラリアで$43ビリオン(300億円規模)のブロードバンド設置計画が発足した。この計画はハワード前連立政権のマニフェストだったが、今の首相ケビン·ラッド労働党政権がオーストラリア経済の建て直しにと、この前政権の考えを取り入れたのである。この政策による雇用の増加は37000人だと書かれてある。

昨年のBHPの人員削減、今回のリオ·ティント を始め、関連会社の人員整理、それに伴うスモールビジネスの破綻を含めるともっと失業者の方が多いと思われる。昨今の世界的不況はオーストラリア一国だけで解決出来る問題ではなく、各国共何らかの大きな政策を展開して経済活性化を図る必要がある。

一連の詐欺的サブプライムローン問題を引き起こしたアメリカが、これ以上国内を混乱させないようにと、ドル札を大量に発行し、自国産業の救済に使うようでは何の解決にもなっていない。オバマ新大統領は、古くなった橋、道路、学校施設の建て替え計画、及びグリーンエネルギーの設置政策で経済の活性化を図ろうとしているが、残念ながらこれだけでは不十分と言える。次から次へと大型プロジェクトを立ち上げ、仕事量を増やし雇用を拡大、安定させる必要がある。そして一刻も早く実施していかないと世界経済が悪くなる一方である。

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(左は豪政府発表の43ビリオンドルのブロードバンド施工政策に関する記事)

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2009年4月 1日 (水)

183 オーストラリアで再給付金

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左の記事は328日ゴールドコーストブルティン紙に載った、オーストラリア政府からのメッセージ、特別広告の切抜きである。

今年の初め、オーストラリア政府はアメリカ発世界的不況から脱出しようと、国内の景気を刺激し、活性化するための対策として、年金生活者、低所得者層、シングルペアレンツ等の家庭を対象に、いわゆる日本での定額給付金に当たる特別ボーナスを支給した。

しかし数ヶ月経ち、その経済効果がまるっきり現れていないことを認識した政府は、さらに第二弾として今回、学生を始め、昨年所得税を申告した人々にもボーナスを支給することにしたのである。

これを見ると昨年の年間収入が8万ドル(豪1ドル65円換算として520万円)以下であった人には900ドル(58500円)を支給、それ以上、9万ドルまでは600ドル、それ以上、10万ドルまでは250ドルの支給となっている。

年間8万ドルの収入というと、週給1538ドルになるが、日本と違って給与水準の低いこの国では、よほど大手の企業か、国の機関、あるいは儲かっている会社でない限り、これだけの給料を払うのは無理である。

政府としても前回の支給者と共に、今度こそ、ほとんどの働き手を対象にボーナスを支給することで、国内経済の活性化を図ろうとしている。宵越しの金を持たない主義のオーストラリア人だから、すべて消費に回すと期待しているのである。

私の場合、前回は月足らずで年金生活者とはならず、支給金は貰えなかった。しかし今回、年間の申告金額が少ないことから支給される。さてオーストラリア経済の活性化の為に一体何に使ったら良いかと迷っている最中である。

単純に、世の中にお金の流通量が少ないと不景気になり、逆にダブついてくるとインフレとなる。不景気になれば札を大量に発行し、インフレになればお金を回収、流通量を減らせば良いだけで、難しい経済理論など必要ない。政府はただ当然の札の発行をすると共に、何らかの大型プロジェクトを立ち上げ、働き手の仕事量を増やせば景気が回復するのである。

現在アメリカ政府でもドル札の大量印刷に懸命で、テレビのニュース番組でその光景を度々写し出されているが、これは大企業を救済する為の作業で、AIG保険会社のように、そのお金を幹部連中に臨時ボーナスを支給するだけに使われかねない。この企業もサブプライムローン問題に拘わった会社で、救済する必要はない、リーマンブラザーズ社同様、自業自得と言うことである。

大企業倒産による従業員の失業問題を心配するよりも、解体して小ぶりの会社になった方が望ましく、今まで巨大企業として横暴な振る舞いをしたそのツケが回ってきただけである。一切救済せずに危機感を持たせ、大いに知恵を出させて、将来実力のある会社に成長させる、それが政府の役目である。資金援助だけで救済されたためしがなく、本腰を入れて取り組まないのが人間の性である。

オーストラリア政府は仕事の量を増やすことなく、国民にお金をばら撒くことで、国内経済の活性化を図ろうとしている。この対策もどうかと思う。仕事をクリエイト(創造)せず、お金だけを与える、レイジーな国民をクリエイトしているだけと思えてならない。

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2009年3月23日 (月)

182 医者要らず!究極の糖尿病治療、基礎編

私は二型の糖尿病患者でゴールドコーストにてGP(一般)ドクターとSP(糖尿病のスペシャリスト)ドクター二人のお世話になっている。朝、夕食後、二種類のタブレットを服用し、他に食事制限、運動療法にも取り組んでいる。

糖尿病の兆候は少年の頃にあった。生命保険に入る時、勧誘員からそれを指摘され、病院で本格的な血液検査を受けることになった。朝食抜きで検査を受けたところ、その時は規定以上の血糖値にはならず無事保険に加入することが出来たが、そこで始めて、自分は軽い糖尿病に罹っている事を知った。

今から五十数年前、父親が糖尿病を患っていた。当時田舎では殆んど汲み取り式の便所で、担当者が「お宅の便は何かネバネバとしたものが混じっていて汲み取りにくい、バキュームホースを入れてもうまく吸い取れない」と、通常の便でないことを告げ、家族の中に病人が居るのではないかと疑っていた。

当時は医学も発達していなかったし、糖尿病に対しての知識、対策や改善方法も分からない、ただ甘い物を食べない事以外には方法がなかった。しかし父は「死んでもいい、わしは好きな物を食べる」と語気を荒くし、餡かけ餅、大福餅をほおばり、料理には砂糖をふんだんに使った。私が少年の頃、遠くまで牛肉を買いに行かされたのもこの時期で、異常な甘い味付けのすき焼きを自分で作り、一人で食べていた。母親もあきらめの境地となっていた。

しばらくして、父の左後首に小さな吹き出物が出来た。それが見る見る大きくなって膿が吹き出した。私も手伝ったが、膿はいくら出しても尽きず、首筋に大きな洞穴が出来た。そこに脱脂綿を詰め込んだのを、今もありありと覚えている。老期に入っていたから医者はどうすることも出来ず、やがて衰弱し、死んでしまった。血液中に多量の糖分が混ざることで白血球の殺菌力、対抗力が低下し、化膿の進行が止められなくなっていたのである。

統計では両親の片方が糖尿病なら、子供の3分の1が発病すると言われている。私は4人兄弟だが、その内の2人が罹っていることから間違いなく遺伝である。遺伝子レベルとなると医学会ではまだまだ未知の世界で、進んだ現在の医学でも、特に糖尿病に関してまだ完全な対応策はなく、療法もこれといって確立されていないのが現実である。

さて私が理解している糖尿病とはいかなる病気かと言うと、食物類全般、特に甘いものや炭水化物を食べると、すぐに糖質に分解され血液と混ざる。健康な人なら、すい臓のランゲルハンス島のβ細胞からホルモンのインシュリンが適量出て血液中の血糖値を下げる働きをする。二時間程で通常の血糖値に戻るのだが、患者の場合はインシュリンの出が悪いことから何時までたっても血糖値が下がらず、上がったままの状態が長時間続く、血管は高血糖毒(200mg/dl以上)には弱く、いつ破裂するか分からない状態におかれ、一刻も早く血糖値を下げる必要がある。そのために血統降下剤やインシュリンを使って正常値に戻させるのだが、従来の治療法は、それ以上病気を進展させない為、カロリー制限やら運動療法を並行して行わせている。しかし一端発病したら最後、その完治はなく一生付き合いをしていかねばならない病気で、今までの薬療法とカロリー制限食以外には改善の方法が見付かっていなかった。

私の場合、前にも記した二種類のタブレットを朝と晩、食後に服用するよう医師から言われ、その一つがSU系血糖降下剤である。この薬はβ細胞を刺激して無理やりインシュリンを出させる効果がある。ただでさえ年老いて疲弊、消滅していく細胞にムチを打って無理やりインシュリンを出させているのだから、これほどの酷使はない、疲れはて、意識もうろうとしている奴隷をムチで叩き起こし、むりやり働かしているに等しい。さらにこの薬は効きすぎることが多く、突然規定以下の血糖値になることがある。そうなると「冷や汗を掻き出す」、「手はブルブルと振るい出す」、「顔面蒼白となってその場に佇んでしまう」のである。そして一刻も早く糖分を補給しなければならなくなるのだ。

私は他の機関による血糖値検査を受けた後、GPドクターからその結果を聞くべく、検診を受けようと待合室で待っていたら、その発作に見舞われた。急いで、車まで飴を取りに行き、舐めたら落ち着いてきた。その事を医者に告げ、血糖値を測ったら、57.6mg/dlとなっていた。それ以来、少し濃度の低い薬に変えてはくれたが発作は同じように起きている。

血糖値は高過ぎても危険だが低過ぎると、もっと危険で突然死する恐れもある。脳と網膜、それに生殖腺胚上皮は直接血液から糖分を吸収してエネルギー源としている。したがって規定の血糖値は絶対に必要で、足らなくなれば身体の脂肪分が糖分に分解され一定値に保たれる。しかし薬を服用しているとその調整が効かなくなってしまうのだ。健康人がもしこの薬を服用したら毒薬と化す、それほど危険極まりない薬で、これだけは飲むのを止めたいと思っていた。

私の友人から借りた本で「主食を抜けば糖尿病は良くなる!」という題だが、今までの血統降下剤やインシュリン療法、カロリー制限法による糖尿病治療とは全く異なったやり方、しかも簡単で今すぐ実践出来ることから、只今、自分の身で体験、臨床実験とも言えるチャレンジの最中である。

この本の要旨は次の通りである。糖分にすぐに変わる炭水化物、でんぶん類、すなわち米、麦、いも、とうもろこし、甘い菓子類、果物類を一切取らず、そのかわり脂肪やたんぱく質の摂取量を増やせと言うのだ。今までの糖尿病カロリー計算とは全く違った摂取方法、半分以上だった糖質食を脂肪とたんぱく質食に置き換え、糖質は10%前後にせよで、このような食事なら急激な血糖値の上昇は起きないと書かれている。糖尿病患者にとって主食厳禁とは厳しい条件だが、「糖質を取らなければ血糖値は上がらない」のは当然で、真に理にかなった摂取法だと納得、実践してみる気がしてきたのである。

主食である御飯、パン類を抜いた食事とは一体どのようなものかと心配するが、私の場合すでに御飯やパンの量を減らしていたので止めるのは簡単だった。そのかわり肉類、魚類を主に食べ、野菜を増やしたから総摂取量は変わっていない。食後の空腹感はないし、ミート類を多く食べることにより腹持ちは以前よりも良くなった気がする。

従来の糖尿病食では甘いものは果物から取れと言われてきたが、この本では絶対厳禁、野菜でも糖分の多いものはなるべく避けるよう指導されている。ようするに糖質を制限することによる糖尿病治療で、今までの薬療法、カロリー制限食では得られなかった好結果が得られているのである。究極の治療法と言えるかどうかは自分で試し、その効果を見なければならないが、やり始めてからまだ4週間では何とも言えない。少なくても3ヶ月は必要で、随時このブログでその結果を報告するつもりである。

筆者は医者で病院を経営、糖尿病患者を同病院に入院させ治療、その結果を記事にしている。医師自身も糖尿病患者で糖質制限食により治療中で、その体験も含めての内容で信頼性は極めて高い。医者の立場からの医学的検知、症例、データ等詳しい内容は本を読む以外に方法はなく、この本の表紙コピーをアップしますので参考になればと思います。

なお基礎編にも朝昼晩のメニュー表記もあるが、実践編はもっと詳しい。しかも食べて良い食物、食べて悪い食物の一覧表、又、食物の糖質配合率の一覧表もあってこれは貴重な資料となる。

私は肉類、魚類のほとんどが脂肪とタンパク質で糖分は一切含まれていないと思っていたが、この本ではわずかだが血液や筋肉部分にも糖質があることを知った。糖質を一切取らない食生活と言っても、ほどよい糖分の摂取量は野菜や肉から得られ、それが10%~15%もあって、それで十分だと言うことである。

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2009年2月25日 (水)

181 撤退か?日本人ディベロッパー

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今から20年近く前、サーファーズパラダイスの西域にカラーラゴルフクラブという小さくて平坦なゴルフ場があった。低い土地なので大雨が降ると、あちこちが水没、大きな池も出来てコースは閉鎖された。数種類の野鳥が飛来し、餌探しで鳥たちの楽園となっていた。そして水が完全に引くまで数週間そのような状態が続いた。

市当局ではこの土地はウォーターリザーブ(ダムのような)とし、大雨時の水の溜まり場と認定していた。だが大雨もそんなに多くないことから、芝を植え、普段はゴルフ場として使っていたのである。広い打ちっぱなしのドライバーレンジがあってバケツ一杯のボール代、それに1ラウンドのグリーン費も安く、予約もいらないことから何時も賑わっていた。私もレストランをやっていた頃、度々練習に通い、その後コースを回った。

日本ではバブルの最盛期、そのゴルフ場をニフコと言う日本の会社が買収した。低い土地は盛り土をし、ところどころ池を作り、土管を埋設、水はけを良くして、少々雨が降っても水没しないようにコースを改造、名称もエメラルドレイクゴルフコースと改名した。

当時、この会社は日本では中堅のプラスチックメーカーだったと聞いていた。このゴールドコーストで始めて宅地造成や不動産の事業を始めたらしい。名前をニフサンと変え、ゴルフ場近辺の土地を次々と買収し、そこを宅地に造成、家を建てて販売をした。

そのゴルフ場の道路を挟んだ東側に遊覧飛行場(タイガーモス機)の施設がある大きな土地が広がっていた。広さは当ゴルフ場の二倍はあるだろう。昔からその場所に大ショッピングセンターが出来るとかの噂もあって、再開発地として有望視されていた場所である。この土地のすべてをニフサンがいつの間にか手に入れ、大開発が始まっていた。

ゴルフ場と同じく、ここも低い土地なので大雨の時には浸水していた、その半ばに大きな湖を造って、その掘った土砂を積み上げ、宅地として造成、いわゆるウオーターフロントの土地を開発したのである。これなら盛り土をして通常の宅地をたくさん造成するより、売れる土地の数は少なくなるが、水際の土地は高く売れることから、確実に儲かると睨んだのである。

何台もの大型重機の投入でたちまち大きな湖とブロック状の宅地が造成された。川から水(この川は海水)を引き、満々と湛えたブルーの湖面、昔なじみの付近の景色、元ローカル飛行場の面影は全くなくなってしまった。湖も以前からその場所にあったように錯覚してしまうほど、見事な出来栄えとなったのである。

20年前のバブル期には、日本からは大手保険会社を始め、一流企業がやってきて、だぶついた日本金を持込み、この街で不動産を買いまくった。地上げ屋までやって来て活躍したのである。ライオンズマンションで有名な大京不動産もホテルを建てたり、ゴルフ場を造ったりと、この街にかなり投資をしてきたが、どの企業も儲けるつもりが、日本でバブルが弾けたことから、安く叩き売り損をして、日本へ撤退せざるを得なくなった。時の状況にもよるが、この街では大小にかかわらず、ビジネスをして儲けることは非常に難しい。

このニフサンは日本企業として数少ない成功したディベロッパーだったが、21日付けゴールドコーストブルティン紙によると、今後の開発をすべて断念したと伝えている。それに伴い、今まで売りに出していた物件の安売りを始めた。どうもこの地に於けるディベロッパー業からの撤退を余儀なくされた模様で、「ニフサンお前もか?」と言いたいところである。

この会社の物件は高すぎると思っていた。以前、この社の物件を友人が見に行くと言うので同伴したことがあったが、買いたいとは思わなかった。大きくディスカウントしてもまだ高いのである。手の込んだ造り、良い材料を使っていたとしても、高すぎれば買う人はいない。このゴールドコーストは年金生活者が多く、裕福な人は少ないのである。それにお金持ちなら、建売住宅は絶対買わない、すべて注文建築をするからである。

この国ではビラ(村)という形式の集合住宅風建築様式が増え、ニフサンはその豪華版を開発している。その区域全体を高いフェンスで囲い外界からは完全に遮断、車が出入り出来る大きなゲイトを設置、そこを通るには中の住人からスイッチで開けて貰う方式である。これは外からの不審者侵入を防ぐためだが、窃盗が多いこの国では、住人の中にドロボーがいたとしても不思議ではない。そのような盗難が度々起きている。それにボディコーポ(ガーデン等を管理する会社)の費用が高すぎる。それは販売会社が兼任する場合が多く、この費用は会社の言いなりで毎年上がっていく。それが嫌なら家を売って出て行けと言うことだが、家を売るとコミッションを取るのである。

私はパソコンやテレビのサービスで個人の家庭を訪問する機会が度々あったが、高級マンション等のセキュリティの厳しい住宅に行くのが非常に嫌だった。手間が掛かりすぎるのである。住人としてはその厳しいセキュリティシステムに満足して、他人との差別化に優越感とか誇りを持っているようだが、このような客からは倍額のサービス料を取っても良いとさえ思っている。実際は貰わなかったが。

俗に言われている100年に一度の世界的不況で一次産業が主のオーストラリアでも原料の輸出が減って、BHP等の大手資源企業の人員削減が相次いでいる。最大の輸出国だった中国も鉄鉱石をあまり買わなくなってしまった。政府はこの不況を乗り切るため銀行利子を下げており、近々また下げるそうで、昨年の今頃は8パーセント以上あったのに近い将来、その半分以下になりそうだ。ニフサンもこの国の将来の経済見通しに期待が持てなくなったようである。

日本では国会を通すのにやっきとなっている定額給付金だが、この国ではすでに支給された。受給者の対象は貧困生活者、国からの年金生活者、シングルマザー、シングルファーザーで子供の数に応じて追加される。一人頭千ドルで子供二人のシングルマザーだと3000ドルの支給金が受け取れる。日本の一人に付き12000円とは雲泥の差がある。

残念ながら、私はどちらにも該当しなかったので貰えなかったが、すでに支給から数ヶ月経っている。連邦政府は経済活性化を目的として支給したのだが、その経済効果は見られない。マーケットはその成果が如実に現れ、その動向を知る最も良い場所だと思うのだが、以前よりも悪くなっているのが現状である。

クレジットカードの支払いに当て、消えてしまったのか? 或いは他に理由があるのかも知れない。なんせそのお金をカジノで全て使い果たしてしまった人もいたと言う話も聞いている。ちなみにカジノで浪費することが経済活性化に繋がるのかどうかは分からない。

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2009年2月19日 (木)

180 オーストラリアでのビジネスセール

オーストラリアでは店舗のリースを付けたままビジネスを売ってしまうケースが多いが、買う方としても、先々良い商いをする為にはいろいろと注意をしなければならない。まず良い商売、儲かっていればビジネスは絶対手放さないのが原則である。引越しするとか、リタイヤするとか、病気の為とかを理由としている場合は要注意で、根本にはビジネス不振により嫌気がさして売却する場合が多い、たとえ売り手が儲かっていると言っても信用してはならない。

マーケットでうちの右隣のナッツ屋さん、今から3年前に転売、新オーナーに代わった。以前の持ち主は、売る前私に、売り上げが落ちてきた事を理由にいつも愚痴をこぼしていた。でも彼女は営業の悪さに関係なく高値(7万ドル)を付けて売り出した所、買い手が現れた。彼女がラッキーだったのか、買った人がアンラッキーだったのかは知らない、買う前、私の店に聞きに来ていればある程度の事、教えてあげたのにと思う。以前のオーナー、スイス人で中年女性だったが、金銭感覚には鋭い人だったので、売り上げをかなり過大に報告した可能性がある。物件を売る場合、誰でも良い事しか言わないのは普通だが、大嘘を付いて売る場合の方が多く、そのまま信用しては後々我が身に降りかかってくる、余程覚悟を決めて掛からないと大きな損害となる。なお帳簿は買い手には見せないのが原則だが、もし見せると言ったら要注意で、それは買い手に見せる為の代物と疑ってよい。

案の定、今のオーナー、売り上げが延びず、ビジネスを買ったことに後悔をしている様子である。今の不況では買値の半額でさえ売ることが難しくなってきている、まして売り上げで元を取り戻すことなんて99パーセント無理である。投資額の価値の低下と共に今後の労働力さえもすってしまったのである。

ただ買い手によっては自分ならばビジネスをうまくやれると思っている人が大半で、そういった人は買う物件に付いて近所にその店の営業成績等を聞き回る事はしない。しかしそれは他の商売をする場合のみで、同じビジネスの延長ならば、よほど力を入れ取り組むか、新商品の開発とか、やり方を変えない限り、前と同じか、その下降を止めることが出来ない。それはお客の流れ、社会の状況がそうなっているからで、昨今の景気動向も、さらに売り上げの低下に拍車をかけている。

ところがお金があって仕事のない人と言うのは、働き場所を得たさにあせっている場合が多く、細かいことに目が届かず衝動買いしてしまう。斜め向かいのウクライナ人、バッテリー交換等もやっている中国製安物時計屋店を、友人からびっくりする程の値段(14万ドル)でそのビジネスと在庫を買い、当時マーケットでも有名となった。しかし彼の場合、仕事を得たことに満足しているようで、出したお金には無頓着、今売り出せば半額でも買う人がいないのに愚痴一つこぼさない、大変気に入っている様子なのである。

ところで前の持ち主、スーパーで時々会うのだが、仕事がないことから、高値で店は売れたもののほとんど使い果たしてしまったと愚痴をこぼしていた。さてどちらが、現在ハッピーなのかは私にはわからない。

私のゴルフパートナーの彼もかつてサングラスショップを私の店の近くで持っていた。二年前、そのビジネスを高い値で売った。たぶん以前の買値の倍近く儲けたはずである。彼は商売上手で妻と息子の嫁と三人で店をやっていたが、忙しく商売をしている様子を見て、お客の一人がビジネスを買いたいと申し出た。これをチャンスとばかりに彼は言い値で売ったのである。ところが持ち主が代わり、ディスプレイを代えた途端、今までの客足がぐんと落ちてしまった。新オーナーとなっても引き続き働いていた彼の息子の嫁も暇になったので来なくなってしまった。「商いは人に付く」と言われるが、景気の動向にも原因はあるが、そのようなケースもある。

ところで前の持ち主の彼は息子の嫁が解雇されたこと、新オーナーになって商売が下降ぎみになったことに大不満で、マーケットにやって来ては愚痴をこぼし、そしてビジネスを売ってしまったことに後悔を始めた。ところが新オーナーは奥さんと二人で仕事をしていることに大満足で、商いの状況、将来幾らでビジネスを売れようともお構いなしと言ったところ、自分が営業不振を招いたことなんて一切気にしていないのである。

人間お金があってもやることのない人生程詰まらない事はない、人生お金だけでないという話だが、これも身体が元気であっての事で、なによりも健康が第一だ、しかしその次に欲するのは、ある程度責任の持てる働き場所、又は何か心に張りを持てる「やるべき事」が人には必要なのである。この気持ちが無くなったら、老いの領域に入ってしまったことになる。

今から一年近く前、ある日本人男性が私の店を訪ねて来た。「マーケット内で売りに出しているレストランがあって、買いたいと思っているがどう思うか?」と尋ねた。「このマーケットで食べ物商売はどの店も繁盛していると思う、但し出来るだけ安く手に入れる事、後々の為である」と答えた。マーケットは見に来るお客ばかりで買い物をする人は少ないが、たいてい昼は食べて帰る、どのレストランもはやっているように見えたからである。

街中でもそうだが、食べ物を作って売る商売は市当局からの許可(保険局)が必要でいろいろと設備に注文を付けられ費用がかさむ、すでに許可のある場所を買った方が手っ取り早いのである。特にマーケット内では事務所にも伺いを立て許可を得なければならず、今の食べ物店の数からして、新しいレストランを持つのはまず不可能だと言える。

彼はいくらで買ったのかは知らないが、訪ねるとすでに営業を始めていた。以前はタイとかインドネシア系レストランだったそうで、営業不振で売りに出した可能性が強い、同じような食べ物を売るようでは営業成績も前と同じ、要注意である。彼は私より少し年上だが元気はつらつとして若い感じがする。食べ物商売は常に立ちっぱなしの重労働で、私はもうやる気がしない。彼の両親は日本で割烹料理店を営んでいると誰かから聞いたことがあったが、それ以上は付き合いがないので知らない。

しばらくして訪ねるとレストランを売りたくなったのでマーケットのビジネス欄に広告を出したと言っていた。しばらくすると、レストランの裏側が道路に面しているから平日も営業出来るよう準備を進めているとも言う。彼はまだいろいろと迷っている様子であった。平日のレストラン営業は事務所、市当局から許可を取る事は非常に難しいだろう。「とにかくレストランを売るには営業成績を上げることが先決だ」と私は彼に言った。その後、彼には会っていないが、そのビジネスを買った目的は何だったのか、投資目的だったとしたら、時が悪い、昨今の不況でさらに厳しい環境に置かれることだけは確かである。

ビジネス売り買いに付いて、私の目の届くところではこのような状況である。これはマーケット内だけだが、街中のサーファーズパラダイスとなるともっと厳しい。日本のバブル期で得た大金を、この街で次々と店舗をオープン、ニュービジネスを展開させた。ところがどの店も営業が思わしくなく、その設備費、家賃、人件費にお金を使い果たし(噂では一億円以上)、とうとう日本に引き揚げた人もいる。手に入れたあぶく銭はこの国であぶくのように消えてしまったのである。オーストラリアでのビジネスは非常に難しいと言うのが現実である。

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2009年2月11日 (水)

179 店に来るお客さんたち

私がカラーラマーケットに店を出して10年目になる。日本では「石の上にも3年」(3年同じ仕事をすれば何とか芽が出る)と言われるが、この地では10年経ってやっとローカルの人々にも知られるようになった。「継続は力なり」と言えるのかどうかは分からない。

最初は小物アンティック類、オールドスタッフ品の販売店を目指していたのだが、好きな領域であるオーディオ機器ばかりを扱うようになった。それも古い品物は手に入れやすいことから、それらばかりを買い集め、棚には所狭と並んでいる。ところが、最近これらの品物に人気が出て、売れ始めたのである。

一昔前、プロロジックという装置付のオーディオアンプに人気があった。音声入力は2チャンネルだがスピーカーの出力端子が56チャンネルもあって、背後の音をロジックで遅らせることにより立体感を出し、おもにビデオ用としても使用していた。その後に来たのがDVDプレイヤーで、映像や音がデジタル化され複雑な設定、コントロールが出来ることから、音の出入力も別々の回路となった、いわゆるシアターサウンドが家庭でも再生出来るようになったのである。背後からの銃声、ヘリコプターが近付いてくる様子が音で聞けるようになった。でもこれには51(及び71)チャンネル用のDVDディスクが必要になってくる、又別々にスピーカーケーブルを設置しなければならない、その面倒くささから、今では一時ほどの人気がなくなってしまった。ドルビー社や各オーディオメーカーによる、流行り商業ペースに乗せられた感もある。銃声やヘリコプターの音など背後から聞く必要もなく、音は2チャンネルのステレオで十分なのである。それよりも大切なのは音質でチャンネル数が増えれば増えるほど音の質が落ちていた。

私は若い頃、大阪新歌舞伎座の舞台で働いたことがあった。美空ひばり、三波春夫、村田英雄、石原裕次郎等、数々の有名歌手のコンサートが開催された。照明の仕事をしていたが、楽団の後ろで仕事をしていて、どん帳が開いたのに気付かず、取り残されたことがあった。控室に帰るに帰れず、お客さんからは見えない位置、オーケストラの真後ろで、じっと待機した。

そのときのマイクを通さない生演奏のすばらしさに身体がしびれた。以来ステレオに興味を持ったが、いかなる高額な装置でもその再現は不可能だと知った。

以来40年以上経ち、電子機器すべてがデジタル化される世の中となった。コンピューター関連機器はアナログでは今のように小型化は不可能だが、我々人間はアナログの世界に住んでいる。音はアナログをデジタルに変換し、さらにアナログに変換して私たちの耳に入る、通過する回路が多くなるほど音質が低下し、生の音とはかけ離れて行く。近くテレビ放送も完全デジタル化されるが、そうなると両方の変換に2秒かかり、ずれて遅れが生じる、これでは地震速報には役にたたないと危惧されている。

40数年前、アンプはすべて真空管式であった。その後トランジスターが開発されオーディオ機器にもそれが使われ始めた。当時トランジスター製のアンプは音が良くないと言われ、各メーカーもかなり音質に力を入れ研究をした。しかし普及が進むにつれ、やがてその機器が一般的となった。

以前お客さんから40数年前の普及型真空管アンプのオーバーホールを頼まれた。終了後聞いてみたが、周波数特性の幅の広さと、そのクリアな音質に驚いた。やはり真空管式にはトランジスターにはない特性があった。当時、安物アンプでもこんなに良い音が出ていたのであった。

古い品物は修理とか掃除、オーバーホールが必要だが、それらを手入れするうちに、どのようなオーディオ機器でも修理が出来るようになった。同時に、お客さんからも頼まれ、今ではその仕事が大半となっている。それにつれ客筋も変わり、オーディオマニアが大勢来るようになった。彼らからの情報で、私のオーディオ機器に関する最新知識も一段とアップした。

お客さんの中には機器の使い方、その内容が分からず、聞きに来る人が増えた。もちろん無料だが、電子機器解説のよろず相談も引き受けるようになった。これがまた最新知識の吸収にも繋がっている。最近の電子機器量販店では使用説明が出来ない店員ばかりで、売りっぱなしがその原因である。誰かがユーザーをサポートしたり、ヘルプをしたりする必要が出てきたのである。

世の中に音楽の嫌いな人、興味のない人はいない、i-POTMP34の小型音楽プレイヤーが世に出回り、誰もがパソコン、モービルフォーン、他の電子機器でもキーボードとかメモリーボタンの操作に関わりを持たなくてはならない時代となった。そして常にニューテクノロジーにより新製品が開発され、関心を持たなければ付いて行けない時代となった。操作が複雑だからと敬遠してはいられない時代となってしまったのである。

私はオーストラリア最大のリゾート、サーファーズパラダイスで13年間日本レストランを経営した。当時の出来事の一部始終は過去の初期ブログ1から33に記してある。永住して間もない頃に商売を始め、珍道中の数々であった。

レストランがあったビルの取り壊しと同時に心機一転、53歳の時、TAFEカレッジ(職業訓練校)で延べ2年間に渡って学んだ。すべて初歩のコースだったが、役にも立たないと思っていたはずの電気、電子、ITコース等のサティフィケイト取得が私に強い自信を与えた。言葉の問題はもちろん、この国の人々に抱いていたコンプレックスを一掃させたのである。

又、この国の学校教育の現状、先生たちの教育姿勢を知り、訓練生の態度、性質を知った。そして彼らと共に机を並べ学んだと言うことは、この国の市民になったことを自覚させた。学習の年齢が過ぎても、受け入れてくれたこの国の教育制度にも感謝はするが、孫とも言える年代の人たちと共に勉強が出来たことに自信を深めた。短い期間ではあったが、住む国で教育を受けたことが、今後の人生の再出発に活力を生み出したのである。

舞台役者が観客に飲み込まれないよう芸をする為、手の平に人と言う字を書き、それを飲み込むしぐさをした、それに通じる心境であったかも知れない。

私の店に来るお客さんもいろいろだが、オーディオマニアの多くは買うために来るのではなく、しゃべるためにやって来る。しかし他の客が入って来ると、彼らは気をきかして退散してくれる。時には意見の相違から口論に発展する場合もあるが、彼らからは新しい情報を聞き出す場合が多く、時には修理を頼まれ、品物も買ってくれるから良いお客さんである。

一番困るのは苦情ばかり言う人で、このようなお客からは感謝の言葉は聞かれない、文句を言うことに生きがいを感じ、己の優位性を保ち、自尊心を維持しているのである。リピート客であっても有難くない人たちである。

オランダ系移民で私より少し上だが、以前彼のオープンリールテープデッキを修理したことがあった。動かなかった古いテープデッキを使用出来るようにした。忘れた頃になってそのデッキの苦情を言い出した。私は中古品を売る時とか修理した品物を手渡す時、目の前でテストをし、納得させて持ち帰ってもらう。不思議だなと思いながらも再点検することにした。

スピンドルがスリップしキャップステンローラーが回転していない。すぐにワッシャがないことに気が付いた。「ここにあったワッシャがなくなっている、このネジを外したのか?」「いや、一切触っていない」という。「店にパーツはない、持ち帰り修理する」と言って、家に帰り調べてみると、そのワッシャがパネルの下に落ちていた。

次週、彼が取りに来たので、「ワッシャはここに落ちていた。それはどう言う意味なのか?」「知らない。触っていない」と彼は相変わらず突っぱねた。「貴方は嘘つきだ。今後貴方の品物の修理は一切しない、品物も売らない」と言ってやった。

人を使っていたら、こんなことは言えないだろう。言葉を駆使し、お客さんからお金を引き出すのがビジネスである。しかし私はこの仕事を生活の一部として楽しんでいる。通常の商売のやり方とは違うのである。

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2009年1月28日 (水)

178 私の住む、向こう4軒、両隣

お隣の騒音少年、夜、トランポリンをやらなくなり、何時ものような就寝前の静けさを取り戻し、寝付きも良くなり喜んでいる。しかし何時再開するか分からない、その対抗策として考え出していたのは「騒音には騒音を持って対応」であった。車のセキュリティアラームがあるので、外に取り付けようと思っていた。これを鳴らせば、おそらく他近所の人たちにも聞こえ、皆飛び出して来るに違いない。隣、近所を巻き込み、抗議することが、最も効果的な方法だと考えた。しかし、他近所には荒波を立てたくない、このまま少年が静かにしてくれるなら、アラームなど取り付けない方が良いに決まっている。

毎週火曜日はゴミの収集日である。この国のゴミ箱は大型回収車が収集しやすいように設計されている。大きさも大、中、小があって、それぞれレイツ(市税)の中で値段が違うが、たいてい中型が一般家庭用である。すべて市からの支給品で壊れたら取り替えてくれる。中型は1立方メートル弱の大きさで、34人の家庭用ゴミには十分な大きさである。私の場合、庭の手入れや木の剪定をした時のみ一杯になるだけで、普段ゴミの量は非常に少ない。

ゴミの収集車が来るのは朝の6時過ぎで前の晩、ゴミ箱を道路側へ出して置くのが習慣だ。朝、収集車が来る前に忘れていたゴミを捨てるため、ゴミ箱の蓋を開けると、一杯になっている時がある、訳の分からぬ得体の知れないゴミがぎっしり詰まっている、気持ちが悪いから触らないが、それが度々だからやりきれない。夜中に、誰かが投げ入れているのである。

ゴミの量は家族が多いほど多くなる。斜め向かいは私がここに住むよりも長く、子供が5人居るが、すでに全員大人となっている。もしかしたらと思うのだが何の証拠もないので言えない。別にゴミの投げ入れをしても構わないのだが、一言断って欲しい、それが礼儀であろう。又、子犬の吼えるのが喧しい。静かな通りなのに、道路に面した二階のベランダから郵便屋さんとか人が通るたびに吼え、それが気の狂ったように長く泣き叫ぶのだ。そこの住人は犬を叱ることもしない、私は犬が好きだからさほど気にならない方だが、いつもガレージドアーを開け、緻密な作業をするから、この泣き声には神経を刺激される。

考えてみれば家族が大勢いるのに散歩させている姿を見たことがない。いつも家の中、しかもベランダだけが辛うじて外界で、散歩に出ないから世間を知らない、他の人や犬とも接しない、それが原因ではないかと思われる。

逆方向の斜め向かいにも犬が二匹いる。白地に黒と茶のプチのある小型犬で何という種類だかは知らない。この二匹が非常に凶暴で攻撃的なのである。めったに開かないガレージドアーが突然あくと、慌てて表へ飛び出してくる。私は塀の外側で雑草取りをしていて、二匹が激しく吼えながら近づいて来るので、頭でも撫でてやろうと手を差し伸べると噛み付いた。私と同年配の主人がガレージ前に立っていたので血の出た手のひらを見せながら「狂犬病注射はしているだろうな?」と聞くと、「注射はしている」と答えるだけで、「悪かった」との言葉はなく、「次からは犬を外に出さないようにする」としか言わない。

三十路娘とその息子、10歳前後の二人の孫がいるのに、このファミリーも犬を散歩させているところを見たことがない。二匹の犬は屋敷内で鎖に繋がれてはいないから、いつ又外へ飛び出し、そして人に噛み付くかも知れないのである。

この地区は3040年前の古い地区で各家とも裏庭は広く、通常200坪近くあり、犬をそこに出しておきさえすれば散歩の必要がないと考えている。だが、外界から遮断された状態に変わりはなく、犬がヒステリックになったり攻撃的になったりする原因の一つだと言われている。RSPCA、動物愛護団体によると、「犬を散歩もさせず、屋敷内に閉じ込めて置くのは虐待に当たる」とはっきり言っている。

斜め向こう二軒がそのような人たち、左隣が騒音少年の家、向かい右は最近引っ越してきた若夫婦で幼子が二人いる。挨拶は交わすが、彼らのこと良くは知らない。何台もの大型車が来て裏にプールを新設した。プール周りのベランダ等、今も建築関連業者が頻繁に出入りし工事中である。

向かい左はボンド大学の学生が56人で住んでいる。大学へ歩いて行ける距離ではないから、全員車を持っていて、私の道路側にも駐車をしている。若い金髪の女性が車のオイルに付いて聞きに来たので、教えてあげたが、他にどんな人が住んでいるか全く分からない。

右隣の夫妻はモラルと礼節のある人たちである。ご主人は私より一つ下だが、すでにリタイヤしている。重症のアレルギー症にかかり、早くからリタイヤしたと云っていた。

2年前、その家に幼子一人を持つ若い夫婦が住んでいた。主人は建築関係の仕事をし、トラックとその荷台にはいつもボブキャット(小型のショベル車)が積まれていた。好景気だったのか、新品の高級ボートを買った。その置き場所を確保するため、市の土地である道路沿いを使い、市特製のコンクリート縁石をぶっ壊し段差をなくしてしまった。そこに砂利を敷いたのはよいが雑草がボウボウと生え出し、やがて私の家との境界線もなくなり、見た目にも最悪の状態となってしまった。

彼が家を売ることが分かって、引越する前にそこの修復を頼んでいたがとうとうやらずに出て行った。その数日前の夜、サテライトテレビを観ていると、ガタンという大きな音がして写らなくなった。彼がフェンス越しにパラボラアンテナを動かしたのである。私は庭の置く場所に困るからと大きなパラボラアンテナを二つも設置している、彼はわざわざフェンスをよじ登って、いたずらをしたのである。彼の胸には、世界中の電波を私個人が、独り占めでもしているかのように、思っていたのである。

その後に来たのが、今の住人で2年がかりではあったが、ドライブウエイをきれいにコンクリートをうって修復をし、うちとの境界線もはっきりさせた。これで雑草も生えなくなり、家の価値もぐんと上がった。

昔から日本では「衣食足りて礼節を知る」と言われる、この国では「衣食が足りすぎると横柄、横暴となって、礼節に欠ける」ということになる。

日本では、私たちの世代、戦中、戦後生まれは道徳観、倫理観に欠如していると良く言われてきた。それもそうであろう、食べ物のない戦後のどさくさに育ったからで、親は子供に礼節など教えている暇がなかった。これが「衣食足りて、礼節を知る」の所以であろう。

でも外国では違う、裕福なのに礼節に欠ける人が多い。これは親が教えないからで、その親自身もその親から教わっていないから、教え方が分からないのである。自分の子供には友達としての接し方で、親が子供の領分まで下がり、お互いじゃれ合っている姿を見掛ける。これでは親が子供に威厳を持って、まともな躾をすることが出来ない。

昔の日本の農耕文化、村民集落では礼儀やマナーに欠けると村八分にされ、生きてはいけなかった。が、近代では、それがなくなり、裕福な国と同じく礼儀、マナーを身に着けなくても暮らせるようになった。結構なことではあるが、反面自分さえ良ければとなり、人の迷惑を考えなくなった。そして人との争いが絶えなくなり、辿り着いたところ、世界中でテロの発生が頻繁となった。そして「テロとの戦い」を叫び、さらにその応酬が始まったのである。

年配オーストラリア人の殆どが日本人を見て、礼儀とマナーに優れた国民だと思っている。「最近はそうではなくなったよ」と否定しつつも、それを聞くと嬉しいものである。

世界中の人たち、心の中では、礼儀、マナーのある人を尊敬している。そして誰もが、そうありたいと、願っているのである。でも教える人、教え方が分からなくてはどうすることも出来ない。以前は宗教家がその役割を果たした。しかし今は、どの宗教も利害に走り、利益の為なら戦争、人殺しも辞さないとなってしまった。これでは人類滅亡しか道はない。

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2009年1月20日 (火)

177 オーストラリアの知人、友人

今から2年前、カラーラマーケットにアビーレーンと言う名の骨董品店があった。アビーレーンとはビートルズ生誕の地、イギリスのとある町の名だと言う。かなり大きな店でそこの経営者はロイドと云うイギリス系移民であった。時々、母国に帰っては古い物をシップコンテナ一杯に仕入れをし、それを店で売っていた。真鍮製の置物、絵画、道具類、陶器、古いものなら何でもあった。

古道具でも機械類となると年月が経っているので作動しない品物がほとんどで、修理とかオーバーホールが必要だが、オーストラリアでは仕入れをしたそのまま、掃除もせず、埃まみれで売られているのが現状で、見た目にも悪く、良い品物であっても高く売ることは出来ない。

私の場合、内部や外部の掃除はもちろん、機器類はオーバーホールや修理も完璧に行い、さらに3ヶ月間の保障を付けるから値を高く設定出来る、中古品は必ず値切られることから、それを想定し、さらに高くすることも可能である。私はおもに壊れた品物を買って、修理して売る場合が多く、薬九層倍と言われるが、それよりも多く儲けが出る場合もある。但し売れての話となる。

ロイドは古くからこのマーケットで古道具屋を営んでいたが、電気、電子機器類には精通せず、私が機器の取り扱い方法を説明したり、壊れていれば、格安で修理をしたりしていた。私の家にもたびたび訪れ、彼とは商売上だけでなく、親しい友人としての付き合いが始まり56年が過ぎた。マーケット日の土曜、日曜以外はペンキ屋の仕事をし、それが彼の本職だった。二年前、マーケットの場所を売却(骨董品店のビジネスを売ったのでないから、店にあった品物はすべて自宅に持ち帰った)した後は本業に精を出していた。

私の家は築31年になる。今から18年前に屋根瓦を補修し塗装をしたことがあり、それがところどころ剥げてきたので再塗装する時期となっていた。この国の屋根はたいていカラーボンドか(亜鉛メッキか塗装されたブリキ板)セメント瓦で敷かれている。セメント瓦は工場で塗装されるが時間が経つと変色したり、又はコケなどが付き汚れたりして補修や塗装が必要となってくる。

昨年8月、ちょうどリモコン電動シャッター付のカーポートを作る計画があって5箇所の業者から見積もりを取っていた最中であった。しかしまず屋根の塗装から始めるのが手順だと思い、ロイドが家に来たとき、その話をすると、彼にも出来ることが分かって、その見積もりを頼んだのである。

当日、ロイドより早くやって来たのがフランクという小柄で何となく胡散臭そうな男であった。「私はロイドに頼んだが」と言うと「ロイドのパートナーだ、これから屋根へ上がって状態を調べる」と言った。間もなくロイドもやって来て二人で巻尺を取り出し、屋根の広さを測り始めた。「他の業者ならこのように屋根に上がって正確には測らない」と言って自慢した。

二人は車の前で見積もりを始めたが、なかなか決まらないようなので、私から近付いて行った。「ペンキ代に1500ドルかかる。手間賃込みで7000ドルだが、もし現金でくれるなら5000ドルにする」という。ロイドは一言もしゃべらなかった。

屋根の塗装に7000ドルも掛かると云うなら止めていた。5000ドルならそんなものかなと思った。次にトユの塗装とその縁まわりのペンキ塗り作業である。これもフランクが一方的にしゃべり始め値段を言った。2250ドルである。ロイドの顔を見ると相変わらず一言も発せずニタニタ笑って、「玄関まわりにニスを塗ってあげる」とだけ云った。「そんな場所は自分で塗るから必要ない」と言ったが、譲らなかった。

何となくすっきりしなかったがロイドが付いているから大丈夫だと思った。「で、何時から仕事始める?」と聞くと「来週の月曜からだ」「今日は木曜日だ、そんなに急がなくても良い、お金の都合もあるし」と言ったら、ロイドが口を挟んできた。「一週間以上掛かるので早く始めたい」と。

カーポート工事の為ディポジットとして用意していた現金が普通預金にあった。それを出し、カーポートの建築は遅らせても良いと思った。

月曜日は屋根の洗浄に、ほぼ一日がかかった。あくる日、乾燥していることを確かめ、コーティング(ペンキが剥がれないように下塗する)が始まったが、それが乾いてもいないのに本塗りを始めたから、「そんなことをしても大丈夫か?」と聞くと「そのようにするのがこの塗装方法だ」と言った。

噴き付けコンプレッサーを連続運転させ午後の3時頃には屋根のすべての塗装が終った。以前は棟瓦のずれを防ぐため、モルタルで固定するのに一日中かかった。今回は屋根を水洗いし、同系色のペンキを上塗りしただけだったから二日間で済んだ。これで5000ドルとはちょっと高いような気がしてきた。トユとその周辺塗装も二日間で終わり、一週間以上掛かる予定が、わずか四日間で終了したのである。

仕事始めの月曜日に銀行へ行って現金を下ろし支払いをした。その二日後にロイドが言った。「フランクが車を修理したいと言っているから現金がいる。3000ドルで良い」と。「厚かましいな」と思いながらも、どうせ払わねばならない金である。彼の云うようにしてやった。が、あまり気分が良くなかった。次の週、ロイドが家に来て残金のすべてを支払った。「貴方を心から信用したから払うのだ」と言葉を付け加えた。

マーケットで男性用ズボンとかシャツ類を売っている店がある。いつも奥さんが店番をしているが、そこの主人がリノベイションビルダー(建て増し専門の大工)である。カーポートを家の増築として作れば、どれだけ金がかかるかと見積もりを頼んだ。通常のカラーボンド屋根のカーポートではなく屋根瓦を敷き詰める本格的な重量感溢れる建て増し建築である。

彼がロイドの全塗装仕事を見て、建築関係同業者で、遠慮しながらも高すぎると云った。マーケットに来る知人、友人、常連客にも確かめたが、その値段が妥当だと言った人は一人も居なかった。ある人は言う、「どうして他業者からも見積もりを取らなかったのか?」「この国では仕事を友人に頼むべきではなく、信頼する友人でもビジネスとなれば割り切るべきだ」とのことであった。

遅かりしとはこの事、だが一体どれ位の値段が正常なのかを調べて見ることにした。ペンキは一流メーカーではなく安いのを使った。20リットル入りバケットが80ドル、これを6バケット使ったから480ドルである。コーティングは合計200ドル以下で、しめて屋根のペンキ代は700ドル、フランクは1500ドルの材料費と言ったが高すぎる。他の屋根専門の塗装業者にも当ってみたが3000ドル前後が平均的な相場で、トユ及び縁まわりにしても1000ドルは高いことが分かり、20003000ドルを余分に払った計算となる。

しかも現金で払い、その領収書を要求しているのに、まだくれなかった。「後の祭り」だが、彼を自宅へ呼びつけ、高すぎたことの抗議と共に、その工事の明細書と領収書を書かせた。「ところでフランクの出身地は?」「イタリアのシシリー島だ」「シシリー島と言えばマフィア発生の地ではないか」

彼を信用したがために、完全に彼らのペースに乗せられてしまった。危険な屋根上での広さの測定、(地上で計って屋根の勾配を掛ければ良い)最初に高額の見積もりを吹っかけ現金で払うなら値引きするとの言葉、考える時間を与えず工事を始めるなど、彼らが今まで体験してきたセオリのすべてを私にぶつけて来た。ロイドもパートナーであるフランクの方が仕事上大切で、見積もりに付いて一言もしゃべらなかったのは彼のずるい性格からである。私が彼を信頼する程に、彼は何とも想っていなかった。それよりも良いカモが見付かった、良いチャンスに巡り会えたぐらいにしか考えていなかったのだ。

さて何らかの対抗策を考えねば、私の腹の虫が治まらない。「金を返せ」と言っても無駄だし、そんな金は欲しくない。なら合法的に税金を払わせるしか方法がなく、そうすればこちらも納得する。現金で受け取っているから、99%無申告で税金逃れをするであろう。手元に彼のサイン入り明細書、領収書、ビジネス番号付きビジネスカードがある。一筆手紙を添えればよく、今年の7月以降に提出すればよい。この国のタックスオフィスはそれを待っていて、それが来て始めてマルサが動き出す仕組みと言われている。ロイドは「フランクと儲けは半分ずつ、諸経費すべては自分が出した」と言っていたから、彼はフランクの税金まで負担しなければならないだろう。

だが待てよ、ことわざに「泥棒にも五分の理」と言うのがある。なら、こちらにも「五分の取られる理」がある。事故に会ったり、大病したりと、これで厄逃れが出来たと思えば腹が立たなくなる。

ロイドは今年45歳で100キロを超す体格である。晩婚だったのか、長い間子供に恵まれなかったのか、今、娘が一人いるがまだ10歳の少女である。「わしは酒やタバコ、ギャンブルは一切やらない。娘はトリニティ校(私立のミッションスクール)に通っていて、月1000ドル近くの授業料が必要だ」と言っていた。

夏目漱石の草枕の中に、「情に棹させば流される」とあり、そうなる可能性もなきにしもあらずだが、報復が報復を呼ぶ、ジョージブッシュの「テロとの戦い」、昨今の「イスラエルとハマスの戦い」は罪のない一般市民を巻き添えにするばかりで、何の解決にもなっていない。ロイドが私の信頼を裏切ったのは許せないが、永い眼で観れば「負けるが勝ち」となる。他の手段により彼に反省させる方法を模索中である。

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2009年1月 6日 (火)

176 お隣の騒音少年

前回は大阪の騒音おばさんに付いて書いた。今度はうちの隣の騒音少年に付いてである。私はここに住んで27年になる。お隣は子供二人の母子家庭で引越しをしてきて半年になるかならないかである。

オーストラリア人は全般に一生に56回は引越しすると言われている。しかし斜め向かいの家族などは、私がここへ越して来た時すでに住んでいたから、長期居住者と言うことになり、必ずしも、皆が皆、そうとは限らないようである。

引越しの好きな国民だから、古い家も頻繁に売り買いが行われ、値が下がりすぎて、日本のように引っ越し貧乏とはならないようだ。昨今の世界的不況で、いまの家の値段は知らないが、今までに特別な理由がないかぎり損をしたと言う話は聞いたことがなく、いくらで売れ、いくら儲けたが巷での話題となっている。これはリアールエステイト(不動産屋)が高く売ることが腕の見せどころであり、そのコミッションも売り手側からのみで、通常3%と低いことから、出来るだけ高く売って儲けたいからでもある。

今のお隣さんは5代目で、初代は私より23年古かった。日本の都会で住むように隣、近所の付き合いはほとんどなく、「秋深し、隣は何をする人ど」である。母子家庭で男の子が一人、隣人として15年以上となり、息子も10歳を過ぎていた。彼女は35歳前後で男好きの顔立ち(エリザベステイラー風の顔かたちだが肌は荒らそうだった)時々、ネグリジェとかシースルールック、ビキニ姿で道路上まで出て来ているのを見掛け、露出症かなと思いながら観察していた。

ある時、隣とのブリック塀(レンガ造り)、うち側のプロパンガスボンベの近くでタバコの吸殻を多数発見した。「やったのは彼女の息子やな」と思い、早速文句を言いに行った。すると「悪い」との一言も言わないばかりか、「このブリックフェンスはすべて私が出した、以前の持ち主からはお金を貰っていない」と言い返された。「私がこの家を買ったとき、このフェンスはすでにあった、どうして前の持ち主に請求しなかったのか?」と言ったら、黙ってしまった。この国ではフェンスを作る場合、隣が了解し「半分出す」と言わないかぎり「言い出しベー」が全額を負担しなければならない。要するにお金持ちでプライバシーを守りたいからフェンスをするのであって、セキュリティーに無関心だったり費用がなかったりすれば、出す必要がないのである。それによる評判の良し悪しは関係ない、まして引越しの多い国民で、何時までも覚えているのは金を出した方だけである。

「とにかく子供にタバコの吸殻の投げ入れを止めるよう言ってほしい、ガスボンベが爆発して、家が壊れるのはうちだけでなく、貴方の家も同じである」それから数ヶ月後、私の知らぬ間に、長年住んでいたお隣さんが引越しをしていた。あの時の私の言葉が予想以上に利いたのである。

次に引越ししてきたのは父子家庭であった。父親は50歳前後でグレイムと言った。息子は20歳過ぎでどうも重い心臓病にかかっているらしかった。私が裏庭で仕事をしていると息子が塀ごしに鉄ノコを貸して欲しいというから、手渡してあげた。それ以来「長いこと息子の顔を見ないな」と思っていたら亡くなっていた。ある夜、隣から号泣しているグレイムの声をベッド上で聞いた事があった、あの時が息子の亡くなった日だったのかも知れない。

それからしばらくして、彼の家の前に今までに見たこともない大きくて立派なキャラバントレーラーが置かれていた。牽引車の4駆のトラックもそばにあった。彼が近くに居たので屋内を見せてもらった。ダブルベッド、キッチン、シャワー、トイレ、居間、それぞれが広くて独立していた。なお居間はスイッチを押すと外側に大きく突き出した。彼は「お客さんが大勢来たときに使うのだ」と言った。ほとんど新品に近い中古のキャラバンだったが、値段は当時の日本円で1500万程度と記憶していた。

それで家が売れたらこれで旅に出ると言う。「もう戻って来ないのか?」「そうだ、これからはここが私の住まいだ」「家が高く売れるよう祈っている」と私は言って、その場を離れた。

彼はサーファーズパラダイスのビーチでサンオイル(日焼け止めクリーム)を塗る人で有名だった。この職業には市からの許可が必要らしい。お金には不自由していないようだったが家族には恵まれなかったようだ。

次のお隣さんは牽引車の仕事をしている家族で子供は二人、下の子はまだよちよち歩きの年頃だった。大柄でラフな感じの父親で、やがて裏庭に子供のジャングルジムを作り出し、長い時間を掛けて完成させた。見晴らしの良い展望台のような代物で裏隣の人は家の中を覗かれるのが嫌なのか、フェンスの内側にさらに高い幕のフェンスを張った。私はこの家族とは一言も口を聞かなかったが、自宅のパラボラアンテナを設置している時、娘親が来たので持ち上げるのを手伝って貰った。年齢も似ていたし、それ以来彼が娘に会いに来るたび挨拶を交わした。

彼らは34年近く住んだだろうか、家の値段が上がった頃を見計らって売却した。グレイムの友人と言うことで、当時の市場価格よりもずっと安く買ったと思われる。それでかなり儲けたはずで、おそらく300.000ドル以下で買って、500.000ドル近くで売っている。

次のお隣さんは母子家庭で引越しと共に家の改築を始めたが、完成すると同時に売ってしまった。そして今が5代目で、引越しと同時にさらに改築を始め、数ヶ月掛けてやっと完成した。

息子は10歳前後だろう。夜になるとトランポリンを初めるのである、それも二時間以上続ける、ただ上下に飛ぶだけだが、そのスプリングの音が喧しいのである。飛び上がった時フェンスより高くなり、彼の表情がこちら側からも良く見える、彼は陶酔状態に陥りで麻薬患者のような表情となっている。

私は朝が早いから毎夜9時前には床に付く、そのスプリングの音が気になって寝付けないのである。フェンスはあるが私の寝室のすぐ近くで、夜なのでライトを光々と照らしている。一度は10時前だったが、フェンス越しに本人に注意をした。するとハッと我に返った顔をして止めた。二度目は九時前、こんどは母親が飛び出してきた。私は脚立を持ち出し、太った大柄な彼女の顔を見ながら文句を言った。「昼間ならいくらやっても良い、それともマットをプールの向こう側に置いて欲しい」すると彼女は「子供は昼間学校があるから出来ない、私は家族の幸福を第一に考えている」と云う。「隣近所に迷惑を掛けてもか?」と聞き返すと、訳の分からぬことを言い出したので「とにかく8時半までには止めてくれ」と言いながら脚立から降りた。「子供が子なら親も親」とはこの事で、親の教育から始めなければならず、これ以上言っても無駄である。「目には目を歯には歯」で何らかの対抗策を考えねばならなくなった。

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2008年12月31日 (水)

175 創価学会の崩壊

今年大阪で騒音おばさんが話題となり、NHKのニュース番組でも放映された。ところでマスコミのほとんどは真の事情を知ってか、知らずか、一方的におばさんを悪者に仕立て上げた。実はおばさんとお隣の確執は創価学会への勧誘が原因だと言われている。お隣はおばさんが入会を断った為、おばさんに対して嫌がらせを始めた。風下にあるおばさん宅に向かって、思い切り蒲団を叩いて埃を発散させ流したと言われている。そしておばさんが怒り出したのを見計らって、その様子をわざわざビデオカメラで撮影、それを放送局に手渡した。局側は編集もしないでそのまま放映したのである。

おばさん宅には身障者の家族が居て、おばさん自身も軽い精神的障害があると言われている。そのような事情を知りながら取材をし、放映をしたのなら、差別問題に発展してもおかしくない事態なのに背後に創価学会が潜んでいるからそうならなかったと言うのが真相である。

8年前、東京の元東村山市議会議員で反創価学界の運動をしていた朝木明代さんを万引き犯に仕立て上げ、それを苦に飛び降り自殺を図ったように見せ掛け、屋上から突き落として殺害した疑惑、今、彼女の娘さんが支援グループと共に自殺ではなく会員による殺人だとの活動を展開している。

「マルサの女」他、数々のヒット作品を世に出した映画監督の伊丹十三氏、ニュースでは女性問題を苦に屋上から飛び降り自殺を図ったとなっていた。「良い映画を作るわりに、なんと気の弱い、情けない監督やな」と思っていた。奥さんで女優の宮本信子さんが、そう言ったのかどうか知らないが、最近になって創価学会員により殺害されたとの疑惑が出てきた。次の作品のタイトルはなんと「創価学会」だったからである。

19714月1日、創価大学が創立された。池田名誉会長の号令で卒業生の多くが外務省に勤めることを目標とし、現在かなりの人数が当省で働いているそうである。「おおとり会」というのがそのグループ名で、皇室不適応障害(世界で始めて聞く病名だが皇室医療チームがやむなく命名した模様)の雅子さまがホテルの高級レストランでその仲間とミーティングしているところを週刊誌にスッパぬかれた。どっかの国王夫妻との会見は病気を理由で断ったその前夜の出来事であった。小和田家の家族が熱心な創価学会員かどうかは知らないが「おおとり会」と深く関わり合っている父親の小和田氏がいるから、その影響があっても不思議ではない。日本の伝統ある皇室までもが創価学会汚染の手が広がっているとはどうしても思いたくないのだが事実である。

昨今、警察、検事、弁護士、裁判官に至るまで創価大学卒の信者がなっていて、彼らが池田名誉会長の私兵として働いている。これではまともな裁判が出来るはずがない。朝木明代さんの事件では記者をはじめ、刑事、警察署長、検事までもが学会員であった。彼女を万引き犯に仕立て上げ、それを苦に自殺であるとのストーリーを捏造する事など朝飯前である。

池田名誉会長は創始者の牧田常三郎、戸田城聖に継ぐ三代目である。彼は北朝鮮の出身で終戦後のどさくさに闇市場で金貸し業をやっていた。その時の写真がこれである。その時、戸田城聖氏と知り合いになり創価学会の後を継ぐことになる。日本の宗教では世襲制が多く、他人でしかも在日の子である彼が簡単に後継者になれたのは不思議である。その前例からか創価学会内規では後継者は必ずしも子孫でなくとも良いことになっているという、ところが自分の亡き後は長男の博正氏に継がせたくその準備中とのことで、そうなると幹部連中は黙っていない、一大内紛に発展する恐れがあると言われている。彼もすでに80歳を越えた、後10年現役で活躍できれば良い方だろう。巨大組織となったがゆえ、独裁者であったがゆえに、本人が亡くなれば崩壊が急速に進む、いわゆる平家物語の序章「祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響きあり沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕す。奢れる人も久しからず、只春の夜の夢の如し。猛き者も終には亡ぬ、偏に風の前の塵に同じ。」である。Photo Photo_2 (写真左は金融業当時の池田大作氏、右は民族衣装を着た池田夫妻) 

「中国人を親と思え、北朝鮮人、韓国人を兄弟姉妹と思え」が教えの根幹だった。日本人の心を蝕み、闇の事件を数々残して世の中を混乱させたが、人としての仁徳は何一つ残していない。朝鮮半島民族特有の思考かも知れないが、とにかく利害関係のみで繋がった会員だから、それがなくなったり、トップが居なくなったりすればたちまち右往左往し、混乱することに間違いはない。統一教会の文鮮明、北朝鮮の金正日も同じである。そして不徳で得た彼の莫大な資産はやがて時を経て日本国の国家財産となる。

戦後日本の社会を悪くしたのは朝日新聞と日教組、それに創価学会である。最近フランス国内では創価学会をカルト集団として認定した。自由民主党政権が支持率を下げているのは創価学会公明党との連立政権が原因である。早く手を切らないと次の選挙ではマスコミの言うような結果となり、日教組幹部、自治労幹部、旧社会党出身者による外人部隊のような人脈の民主党政権内閣が発足し、反日勢力が台頭して、世の中が今よりもずっと悪くなる。

麻生総理は偉大なる吉田茂元総理の孫として周りからちやほやされて育ったような気がする。ここで心機一転、公明党とスパッと手を切り「ばかやろう解散」でもされたら如何でしょう、良い事の少ない世の中、溜飲の下がる思い、さすが吉田の子孫だと絶賛してくれる、男が上がり、まともで健全な自由民主党政権が誕生する。

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2008年12月23日 (火)

174 市場原理主義経済の破綻

2000年に入って、飛ぶ鳥を落とす勢いで発展していったアメリカ発、市場原理主義経済も2008には終焉を迎えた。インターネットの発達と共に人心を無視し、金儲けの為なら戦争も辞さないとするアメリカの攻撃型市場原理経済は簡単に破綻してしまったのである。一時期、日本でも「金を儲けて何故悪い」との言葉で有名となったライブドアのホリエモンこと堀江貴文被告の活躍した頃が懐かしく思われるのではないだろうか。

ヘッジファンド、チルドレンファンドとかの数々の投資会社が世界で活躍、資金力に物を言わせ、会社経営、商業道徳などを無視して買収、買い手が現れ利益さえ出れば売ってしまう、いわゆるハゲタカ商法と称する投資集団、狙われたが最後、災難としか言いようのないやり方で、儲けの為なら何でもする、これが超近代的でカッコいいビジネスのあり方だと思われていた。

名門大学を主席で卒業、引き手数多、一流会社からの誘いも断り、自宅に立てこもってパソコンを操作、ネット販売とかの株取引で容易に大収入を得ていた。これが現代人の花形、勝ち組の生き方だと思われていたのであった。

「売って金さえ貰えば後はどうなろうと知ったことではない」との中国の製品販売のやり方もこれと同じで、買って使った者、被害が出ようが関知しない、したくないがポリシーであった。労働力の極安からアメリカの企業が多数中国へと生産工場の進出を図った。中国側も最初は製造方法とかを学ぶ上で素直に従っていたが慣れるにつれ彼らのやり易い方法を取り出した。利益を出す為に保存のため食品に有害薬品を入れても平気、買った人が中毒しようが知ったことではない、なぜなら自分たちは絶対口にしないからである。

メラニン混入問題でも実際の労働者である酪農家が利益(主に生活費)を出す為には水で薄めるしか方法がなく、淡白質が薄くなると乳業会社が買い上げてくれないからメラミンを混入させたのである。この検査方法にも問題があり、窒素量の検査によりタンパク質の量を測定しているという、メラミンを混入しても窒素が増えるばかりでタンパク質の量は増えない。メラミンはプラスチックを製造するときの添加剤で人体に入ると外に排出されず、腎臓に蓄積され塊って結石となるのである。この被害者は乳幼児が殆どでその数6万人以上と言われている。中国政府が法律を制定してまで推し進めた一人っ子政策での事件で、被害者家族は子孫が絶えることを心配し裁判を起こそうとしている。しかし共産党政府を相手には何を要求しても無駄である。

中国政府は農民や酪農家が低賃金で生活に困ろうが知ったことではなく、安い労働力を駆使して外貨を稼ぐのが目的で、その外貨準備高も間もなく日本を抜いて世界第二位になると言われている。しかしこの世界的不況でアメリカへの輸出がストップし、中国国内に於ける外国企業の工場閉鎖が相次ぎ、解雇された人たちによるデモもあちこちで起きている。上海に計画されている世界一の高層タワーは来年から5年を掛けて建築を予定されているが、おそらく中止となるだろう。

1960年代高度成長期には日本も「安かろう、悪かろう」の製品をずいぶんたくさん作り海外に輸出してきた。でもそれは将来良い製品を作るための資金となった。公害問題でも一早く気が付き対処したから、昨今その技術を世界中へ教えられる立場となった。

低賃金労働で大気汚染はもちろん廃液は垂れ流し、だから安い製品を世界に供給出来たのである。でも材質の悪さ、粗悪部品を使っているからすぐに壊れ、買い換えねばならなくなる。それを期待した生産工程、ビジネスであるから、資源の無駄、地球環境破壊以外のなにものでもない。世界の工場と持てはやされ、プライドを持つのは結構だが、中国製品が世界を制覇できたのは安いだけが理由である。しかし世界中の利益を独り占め、その結果、各国の由緒ある工場を破滅させ世界経済をも狂わせてしまった。将来そのツケは中国自身が負うことになる。今まで過剰に生産、供給した為、消費者はそれ以上買う必要がない、今後品物を作っても売れなくなるだろう。又、公害問題では世界中へ安い製品を供給、使わせてやったから、その見返りとして各国にその公害対策の負担をして貰おうと考えているのなら、まっぴら御免である。

中国政府は軍備増強に余念がない、空母艦隊も構築中だとのことである。太平洋をハワイで二つに分け、東側をアメリカに西側を中国が管轄するそうで、その時日本は名古屋を中心に二つに分割され、チベットや東トルキスタンと同じ状況に置かれるそうである。日本では知識人、学者と言われる人ほど中国を強くサポートしており、左翼系思想で凝り固まり、憲法9条護憲派が多い。平和、平和と叫んでいて、もし祖国が人民解放軍に侵略され言論弾圧を強いられても黙って従うことが出来るのだろうか、それとも「日本には憲法9条があって戦争が出来ない、だから中国や北朝鮮は戦争を仕掛けないで欲しい」と、頼んでみますか、聞いてくれるような国ならば信頼できる。(写真は人民解放軍のトップが構想している将来の日本国)

Photo_3 日本国民のほとんどは「中国とは戦争状態になることはない」と思っているが、中国ではすべての国民が「日本と戦争する」と信じている。これは共産党政府の方針でイデオロギー維持の為に今も「敵国は日本だ」と学校教育で教えているからである。

武力を用いずして侵略していくロビー活動は、台湾の馬英九政権が今まさにそれに該当している。しかし台湾国民が反抗すれば人民解放軍が武力を行使してでも侵略する準備は出来ている。1000発のミサイルが台湾本土に向けられているのはその為で、日本にも100発向けられていると言われている。日本にいる平和主義者の皆様、9条護憲派の皆様、どうか中国政府や北朝鮮に「ミサイルを撤去して欲しい」とお願いして下さい。

戦後日本国民の心に自虐史観を植えつけ弱体化を目論んだのは朝日新聞である。先の大戦中、大本営発表とかで嘘の勝利報道ばかりを国民にし、戦争を煽り、日本を軍国化させてきた新聞社が、敗戦後180度転換、今は中国当局の人民日報と提携して共産党政府のプロパガンダやロビー活動に専念している。その新聞社が昨今インターネットの普及で収入が落ち込み経営が悪化、近い将来中国企業が買い取るかも知れないとの噂もある。中国資本ともなればなおさら日本の読者が遠のくこと間違いはない。

私は昭和19年生まれで戦後教育そのままを受けて育った。敗戦で、負け犬に足蹴りで、日教組や左翼政党、保守政党までもが「旧日本政府、日本軍は悪だ」との自虐史観での日本叩きが始まった。すべての教師が教壇でそう教え、私たち生徒もそのように信じてきた。しかし当時の歴史を少し調べたら分かるがほとんどの東南アジアの国々は欧米諸国の植民地となって、日本だけが独立国であった。目の上のタンコブ、「黄色いサルをやっつけよ」が彼らの合言葉だった。日本は戦争に負けたが、太平洋戦争をキッカケとして東南アジアでは独立運動が起き、それをなし遂げた国が多い、今はそれらの国々から感謝されている。日本を思い、家族の為に戦い、戦死していった人々を悪く言うのは止めたほうが良い。彼らの尊い犠牲により、今の平和な日本がある。

十分な立証もせず旧日本軍による植民地政策を認め、中国や韓国に村山談話として謝罪した元首相の村山富一氏、十分裏づけを取らずして従軍慰安婦を容認した河野談話、真実はともかくとして、少しでも認めるとさらに突っ込んで来るのが、これらの国々である、今後どのような要求をしてくるか分からない。たとえそれらが事実であったとしても国益を守る為には頑と否定するのが国の代表者である。村山氏は国民の税金でアジア女性基金を設立し、自ら会長に就任、韓国の元慰安婦達に金を与えてきた。今、その国へ旅行中だがどこへ行っても熱烈歓迎、もてもての御身分だそうで、日本を売り渡し、自分一人が良い思いをしているようである。この人物こそ日本国民の恥、売国奴と言えるのではなかろうか。

Photo_4 (写真は大戦前の東南アジアの国々)

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2008年12月 9日 (火)

173 サーファーズパラダイスの今昔

二十数年前、ゴールドコーストはハワイと比べてちょっと違った雰囲気、高級感に溢れる海のリゾートとして日本で有名となった。そして新婚さんが大勢この地を訪れ、ハニームーンのメッカとして確固たる地位を築きつつあった。

ゴールドコーストは亜熱帯には属しているが冬はかなり寒い、朝、晩10度前後で日中もさほど温度が上がらない日もある。それにも拘らず海に入っているオーストラリア人がいて、私はスキー用のジャケットを着込んでいたが、それを見るとゾッと鳥膚が立った。この国の人は皮膚が分厚いのか? 体質の違いなのか? あるいは食べ物の違いなのか? と不思議に思った。

冬のハワイの気温は知らないが、海に囲まれた完全な海洋性気候だからここよりはずっと暖かいのであろう。海のリゾートとして、今も昔も変わらず日本人に好まれているところを見るとゴールドコーストよりもいろんな点で勝れているのである。それにしてもゴールドコーストの人気はほんの一瞬であった。それは気候だけに問題があったのではない、ツアー費用、ホテル料金等すべてコスト高だった為とも言われている。

当時、新婚さんと共に日本人観光客も大勢押しかけるようになり、彼らの一部が不動産を買い始めると、地元住民は土地や家の高騰が始まるのを危惧し、日本人に対して拒否反応を示した。州政府も外国人の土地取得に危機を感じ、海外からの不動産取得者にとっては不利な条件の法律を制定した。

おりしもポーリンハンソンという、フライドフィッシュ、ポテトショップのおかみさんがワンネイションという党を立ち上げ立候補、当選、その後、かつての白豪主義の復活かと思われる程の強力なアジア人排斥運動を始めた。

一時期には投機の為、日本からは地上げ屋もやって来て土地の買占めを行い、町中騒然となったが、ここでの不動産バブルはほんの短い期間で終わった。そして大手企業、一流証券会社が高値で買った土地は見る見るうちに値を下げていった。やがて日本人投資家が去り、その後に現れたのが台湾、香港からの観光客で、その中のお金持ちは安くなった物件をさらに値切って買った。が、そのブームもあっという間に過ぎ、現在に至っている。 

あれから15年サーファースパラダイスで空き地だった一等場所のほとんどが、今はハイライズが建ち、豪華マンションとなっている。最終的に一体誰が儲けたのかは報道されないので分からない。

昨今、日本からの観光客はめっきり減っている。それが目的だったツアー会社、免税店は店を閉め始め、スタッフの解雇も続いている。30年前、素朴だったオーストラリアで最大の海のリゾートは町の雰囲気をガラリと変え、元の閑静さを取り戻した。オーストラリア人の為のリゾートと返ったのである。地元に住んでいる者はこれを望んでいたことは言うまでもない。

リタイヤビザを取得した日本からの年金生活者も10年前には相当数住んでいたが、最近はめっきり減った。この地は温暖で安定した気候、治安も良い方で環境には申し分ないのだが、ただ漠然と過ぎて行く日々に飽きが来たのではなかろうか。広い敷地、豪邸に住んで、毎日釣りやゴルフに興じ暮らしても数年経てば退屈して来る。何の変化も起きず、熱しやすく冷めやすい移り気的な日本人の性格にはどうも馴染めない、耐えられないことなのではなかろうかと思う。

日本列島にははっきりとした四季があって、季節ごとの催し、社寺の行事も数限りなくある。しかも大雨や台風は季節の風物詩でもあり、何時起きるかも分からない地震にしても心配はしているが、さほど気にしていない日本人が殆どである。それらハプニングの殆どないオーストラリアで生活をしていると生きているという実感が沸かないのであろう、たまに地震や台風、大雨や洪水に見舞われ、自然からの仕打ちがあってこそ張り合いが出、刺激となり生きがいと感じられるのではなかろうかと思う。

争いの全くない極楽浄土の世界、或いは平和で善人ばかりの桃源郷の世界、それは人間の理想郷ではあっても実際に住んでみると、これほど退屈でつまらない場所はないのではかいか、そして人間が数十万年掛けて培い進化してきた、細胞組織DNA及びあらゆる機能、能力が次第に失われていくことに間違いはない。

動植物の世界では食料事情、気温、気候等、地球環境に左右され数が増えたり減ったりする。ところが人間だけはいかなる環境にも順応出来、しかもそれを作り出せる能力を持っているがため、数の統制には人間同士が戦って殺し合う運命しか残されていない。この行為は今後どれだけ時代が進もうが変わらない。かろうじて宗教観によって行き過ぎた殺戮は制御されてはいるが、人間、強欲、貪欲が過ぎると何も見えなくなってしまう。

マーケットにアフガニスタンから来た若い男女(兄妹)が店を出している。どのように仕入れするのか知らないが中国製の安物雑貨ばかりを売っている。私は彼に質問した「アフガニスタンではタリバンとかアルカイダが有名だがその指導者のオサマビンラディンは今どこに居るのか?」「たぶんアメリカだろう」「えー!パキスタンとアフガニスタン国境の山中ではないのか?」「違う、捕まらないのはアメリカ国内に居てCIA(中央情報局)に守られて住んでいるからだ」と、「なるほど」と私は思った。

そう言えば9,11同時テロが起きるまではブッシュ大統領はオサマビンラディンファミリーと家族ぐるみで付き合いをしていたと言われている。同時テロ直後に彼の家族を特別便で国外に逃がしたとの噂もあったが、そのまさかが真実味を帯びてきた。アメリカ経済は軍需産業で支えられていて、そのネオコンのトップがチェイニー副大統領である。武器類は戦争があって初めて消費される。新開発をする為には今までの武器を使って性能を確かめる必要がある。CIAもペンタゴン(国防省)も武器産業ネオコンの傘下にあり、戦争を仕掛けてでも武器類を消費する必要があった。そうなると同時多発テロは仕組まれた事件となってくる。アメリカでは映画のストーリーそのままの事件が発生してもおかしくない国だと言われている。

「テロとの戦い」を大義名分とし、アメリカ政府はマスメディアを通じて一般市民に納得させアフガン戦争に踏み切った。これには各国、国連も認めた。アメリカ軍の優勢により戦争はすぐに終結すると予想され、アメリカ政府はさらなる利益追求の為イラク戦争へと突入していった。「二兎追う者は一兎も得ず」とはこのことである。現在、両戦い共泥沼から這い出せない状況となっている。以前アメリカCNNの老練記者が中国を指して天安門事件後何の学びもしていないと笑ったが、ベトナム戦争で苦い体験をしたのに、何の学びもしていないのがアメリカ自身である。両国共そうだが大国と言われる国家ほど横暴でどうしようもない性格の国はない。

武器産業ネオコンが得る利益の何十倍もの国家予算をつぎ込み、3000人以上の兵士を戦死させ、挙句の果てに、詐欺的商法サブプライムローンの焦げ付きにより金融不安を世界中へ撒き散らしている。アメリカが推奨した利益追求型市場原理主義経済の成れの果てである。アメリカ市民やメディアはブッシュ大統領一人の責任にしているが、テロとの戦いにしろ、経済破綻にしろ、彼を強くサポートしたのは国民であり、いずれも無知、無能、強欲、貪欲が招いた結果である。

先日のバラクオバマ、ジョンマケイン、両大統領候補国内遊説費用ではオバマ氏が1000億ドル、マケイン氏が750億ドル使ったと言われている。オバマ氏は殆どをインターネットからの献金で賄ったと言われているが、おそらく武器産業ネオコンは両方に献金したのではなかろうか。

「人間の知恵の限りを尽くしても、儘にならない事が、我を捨て、欲を捨てた時、いとも簡単に達成されるのは、何らかの目に見えない強力な力が存在、働いているからである」

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2008年11月11日 (火)

172 豪州インターネット事情

九月の中旬、突然Eメールにアクセス出来なくなった。以前から気になっていたがプロバイザーに何か異変が生じたのである。しかしインターネットエクスプローラーの方は正常に働いているのでウエブページを閲覧するには何の支障もなかった。

この電話会社兼インターネットプロバイザーはSoulと言う。以前はDigiplusと言ったが数年前よりこの名前で請求書が来るようになった。オーストラリアではビジネスの売り買いが頻繁で名前の変更もさほど珍しいことではない。請求書と共に来るニュースレターでは小規模のインターネットプロバイザーを買収して大きくなっている様子が伝えられていた。中堅の会社となって、より安定したインターネットサービスをしてくれることは利用者にとっても非常に有難いことである。私はここをプロバイザーにして5年になるが何のトラブルもなかったので知人、友人にも薦めた。ところが昨年頃から知り合いがこの会社に連絡してもなかなか電話が通じない、出ても一時間近く待たされたと苦情を言い始めたのである。私も試してみたが彼の言うとおりで、以来人に薦めることを止めた。

オーストラリアでは電話会社のマナーは最悪、最低である。私は過去ブログ(105108)でも書いたが政府資本半分の会社がワザと顧客に割り増し請求をし、不正に利益を得ている、顧客がそれに気が付き苦情を言って来るまで続けるのである。度々テレビ番組で大々的に報道されても繰り返しやるのだから救いようがない。これが大手の会社となるほど頻繁で信用出来ない。その為に専門の政府系オムバッズマンが存在し、仲介しているのである。

ところでEメールが突然不通となったので、新しいプロバイザーを探すことにした。大手以外で中堅数社のホームページにアクセスをし、プランの内容を見てどの会社が適当かを決めることにした。

10年前は転送速度が65Kbpsのダイヤルアップしかなかった。その後ADSLが普及、同時に電話も使えるようになって最高速度も265Kbps(実際は200Kbps前後)となり前よりぐんと速くなった。電話線は細いので抵抗値も大きく高速通信には向かないと思っていたが、ADSLの新技術によって速度が向上、今では通常の契約でも最高速度が1.5bpsのスピードとなっている。以前のADSLスピードでは動画を観るにダウンロード中は静止画動となり連続して観ることが出来ず、最低でも500kbpsは必要だと思っていた。

3Gインターネットは速くて便利なのだが割高だし、場所によっては受信不能となる。オーストラリア政府は将来光ケーブルの設置を計画しているが、何時になるか分からず、当分電話線に頼らざるを得ない現状である。

マーケット内に10年以上も同一プロバイザーを使っている人がいて、今までに何のトラブルもなかったとの事、で、この会社にアプライしてみることにした。10年前、インターネットの設定方法を知るためにほんの短い期間だったが加入した記憶のあるPRIMUSという中堅の電話およびインターネットプロバイザーである。

いろんなプランがあって、ダウンロードの回線速度が最低速256kbpsから最高速 1.5Mbpsまでと変わりはないのだが、月々のダウンロード量に応じて1ギガ(29.95ドル)、6ギガ(39.95ドル)、12ギガ(59.95ドル)、20ギガ(69.95ドル)がある。但し、これは電話回線のレンタル料(29.95ドル)をこの会社に移行契約しての価格で、もし回線レンタル契約が他社ならば毎月10ドル高い支払いとなり、同時契約をさせることで自社への取り込みを図っている。

私はとりあえず1ギガの使用量を選び、インターネットの書き込み欄にすべてを記入してOKをクリックした。その二日後に当社から再確認の電話が掛かり、この時点でお互いの契約が成立することになる。電話回線のレンタル契約は一年、インターネットは二年でこの期間中は他社への移転は出来ない。しかし使用量のアップグレードは自由となっている。この電話で知ったが、以前のSoulという会社は倒産寸前の状態とのことであった。小規模インターネット会社を多数買収したが、コントロールが利かなくなってしまったのだろうか?

その一週間後に契約詳細の手紙、それにはアドレスとパスワード、そして数日後、新しいモデムが送られてきた。いよいよ新プロバイザーでのインターネット開始である。

以前使っていたモデムはADSL2のスピードにも対応していてアドレスとパスワードを入力するとすぐインターネットにつながった。10年前の通常ダイヤルアップ接続では詳細に設定しなければならず、ある程度のテクニックが必要だった。5年前ADSLに変えた時、設定が随分簡単になったと思っていたが、今回はさらに易しくなったのである。

ところで新しく送られてきたADSL2のモデムだが、さらに一回り小型化されている。USBに接続してアクセスしたいので、付属のCDからインストールを試みるのだが、常にエラーメッセージが出てなかなかセットアップすることが出来ない。これが自宅にある3台のパソコンが同様にインストール出来ないことからCDに欠陥のあることが分かった。(後日、ドライバーのインストールなしでもUSBからアクセス出来ることが分かった。しかし回線速度が非常に遅い、やはりUSBドライバーのインストールが必要である)

早速電話を入れた。電話はすぐにテクニカルサポートに繋がり、以前のプロバイザーとのサービスの違いがはっきりした。CDからUSBがインストール出来ないことを告げるとモデムメーカーのウエブサイトからドライバーをダウンロードするよう薦められた。「そんなことは誰でも知っている。私はオリジナルのCDが欲しいのだ、送って欲しい」と言った。どうもCDに欠陥のあることを知って販売しているようである。やっぱりこの会社も同様、オーストラリア独特の無責任体質から抜け出せないようである。

イーサーネット端子からのケーブル接続でこのモデムはUSBドライバーをダウンロードすることなくアクセス出来るようにはなった。でも両方使えるようにしておく必要がある。正常なCDは何時送られてくるか分からないのでドライバーをダウンロードすることにした。

このモデムはThomsonのスピードタッチST536v6と言う機種である。この会社のウエブサイトにアクセスし、モデルの機種まで辿り着いたのだが、どこを探してもドライバー、ダウンロードの項目が見当たらない。仕方がないので、以前よく使っていたdriverguid.comを開いてみたら、現在会員制となって手続きが必要であった。記入欄に書き込んでいくと、どの国かの欄がなくて、アメリカのどの州かの質問しかない。要するにアメリカ在住しか会員登録出来ないようでギブアップせざるを得なかった。他のドライバーウエブサイトもトリッキー(策略、誘導的)で数年前のように、何もかも無料でしかも簡単にドライバーをダウンロードすることが難しくなった。

一週間インターネットにアクセスしてその調子を見た。ダウンロードの最高スピードは1.5Mbpsだが実際の速度は1.1から1.2Mbpsである。以前のADSLでは常に200Kbps前後だったからそれから比べれば格段の速さで、動画を再生してみたが何のトラブルもなかった。ところで私は毎日ブログを読んでいるのだがダウンロードの出来ないサイト、又は日時、時間帯のあることに気が付いた。特に写真のダウンロードに問題があって、その表示と説明が途中で止まってしまうのである。以前速度の遅いADSLでは考えられなかった現象で、3台のパソコンにそれぞれ新しいモデムを接続し、試してみたが皆同じ結果となった。だからこちら側の問題ではない。

早速プロバイザーに電話すると、のらりくらりとした回答で要領を得ない。何か裏がありそうな気がしてきた。キャンセル専門の係員を呼び出し、理由を伝え契約の解消を迫ってみた。そうすると「以前のプロバイザーに戻るのなら違約金は要らないが他社への移転にはキャンセル料として500ドル支払って貰う」と言う。「ダウンロードの状態が完全でなくてもか?」「そのとおり、ダウンロードが100%でなくてもインターネットにアクセス出来ているから」と答えた。

潰れかけの会社、以前のプロバイザーに戻る気もしない、だからと言って、キャンセル料を払ってまで他社へ移る気にもならない、他社へ移っても同じ問題が起きる可能性があるのだ。

今回の電話でのやり取りでプロバイザーのテクニカルサポートには二種類あることが分かった。レベル1とレベル2である。レベル1は一般向けインターネット接続サービス初歩クラスらしく、それ以上の技術サポートとなるとレベル2となるそうである。

彼からの提案でMozilla Fire Foxをダウンロードし、使ってみることを薦められた。MSインターネットエクスプローラーの代わりである。確かにウエブサイトのダウンロードは速く完璧に行われるのだが、どうも気にいらない表示画面である、まるでウイルスが入り込んだような構成、すぐ嫌になりアンインストールした。使うソフトによってダウンロードの状況が左右されると言うことは、今使っているMSインターネットエクスプローラーに何らかの問題がありそうである。現在マイクロソフト社からI,E,7のアップグレード版がダウンロード出来るので早速確かめてみる必要がある。

最新版SP3、ウインドウズXPプロ日本語OEM(フロッピーディスクドライバー付)が安く販売されているので買う予定である。ところでこのウインドウズXPは来年一月いっぱいで製造中止となるそうである。XPの後継としてVISTAが出て間もないのに、さらに来年には新ウインドウズ7が発売されると言う。なんと利益追求に忙しいマイクロソフト社である。 新しいOSが出る度にそれに適応した高性能で電力消費の大きいパソコンが発売される。地球環境を考える上で考慮すべきことである。私は今もPentium3866Mhzのパソコンを使っている。インターネットならこれで十分、なんの支障もない、電気代も安くてすむ。DVDの再生、コピーや録画はテレビ周辺機器に任せ、パソコンはパソコンしか出来ないことのみに使用すべきである。

Intel iMacパソコンの売れ行きが好調だと聞いている。(高値商品で3,000豪ドル)あちこちの電気店でも置くようになった。ブラウン管形式でCPUと一体となった古いモデルは使ってみる気にもならなかったが、昨今は大型のLCDスクリーンとなりCPUと一体となって、デザインが一新され惚れ惚れとする製品となっている。

オペレーションシステムもわざわざ日本語版を購入しインストールする必要がない、世界の言語ソフトがすべて入っているのである。ウインドウズXPの英語版では日本語も使えるが、時々字化けしてどうしても日本語版が必要であった。

iMacは今のところ普及率が低い、ユーザーがウイルスを作り、悪戯で発信する機会も少ない、したがってその対策の必要性もないとのことである。但し、故障となると一般のパソコン修理屋では難しく、iMacのサービス専門店へ持って行く必要がある。トラブルは手間と時間のかかる最悪の状況となりそうである。

すでに運用されていると言う、クラウド(雲)コンピューティングシステムではCPUもソフトも要らない。さてこのシステムが本当に世界中へ普及していくのだろうか?

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2008年7月31日 (木)

171 ゴールドコーストの気候

Photo Photo_2

写真は726日付けゴールドコーストブルティン紙からの転載である。ゴールドコーストの公園で予定されていた、ギリシャ人祭が25日の大雨で中止となり、準備に六ヶ月掛けたにも拘らず最悪の天候のためキャンセルとなった。二万人の参加者を予定し、子ダコ1.3トン、ほうれん草パイ4000個、ミートボール60キロ、数千人分のお菓子類すべてが無駄となってしまった。との記事である。それらを保存する冷凍庫の確保、しかし冷凍すれば、味の保障はない。お菓子類、ケーキ等は後日教会で販売するとのことだ。それにしてもギリシャ人はこれほど子ダコが好きだとは知らなかった。

ゴールドコーストでは昨年暮れから天候が不安定で雨の日が多く、水がめであるヒンズダムの水量は常に満杯状態で大雨になると溢れ出していた。ダム堤防の嵩上げ工事も進行中だが、これも何時完成するか分からない。一昨年の雨不足、水不足が嘘のようだが、それにも拘らず、市内では下水を飲料水に変える一大プロジェクトの工事中で、何が何でも当局は下水処理水を市民に飲ませたいようである。

イギリスやアメリカの一部の都市で下水の処理水を飲料用として使っているらしいが、訳の分からない病気がその地区で発生したとのニュースもあって、市民は心配をしている。でも当局が決めたことだからどうすることも出来ない。ゴールドコーストはオーストラリア唯一の大リゾート地なのである。下水を飲料水に使っていると知ったら、はたして観光客は今迄どおりやって来るだろうか、大きな疑問である。

市当局はすでにゴールドコーストのすべてのゴルフ場に対して下水処理水を芝生の水やりとして使うことを条例化している。私もゴルフをするが、散水している最中、スプリングクラーの近くを通ると何となく臭うような気がしてならない、そして身体には絶対かからないようにしている。飲料水はもっと完全な方法で処理をしているとは思うが、元は下水に変わりはなく、処理施設職員の仕事ぶりにも、はっきり言って信頼出来ないのである。

中東の砂漠地帯では海水を汲み上げ大型プラントで真水に変え使っている。日本で開発された特殊フィルターを使い、濾す速度を上げる為にポンプで圧力をかける必要があり、そのエネルギー源がいるである。たいてい水不足の地域は晴天に恵まれ太陽光発電でその電力を賄えそうである。ところが太陽光パネルは寒い地方ではすでに耐久力テストの実証済みだが、暑い地区では未だだそうである。今後の研究結果と新素材の開発が期待されている。

数年前、私はゴールドコースト歯科医で前歯の治療をした。半分に欠けてしまったので根元だけを残し、そこにプラスチック製の練り物を詰め込み、歯型を整型していくやり方である。昔は他所で成型した歯を根元に接着剤でくっ付ける方法で、私の前歯二本がそのやり方である。歯医者は貴重な材料の練り物で出来ていて高額だが、生涯に渡り保障すると言った。40年前、その一本が6万円だった。彼の言ったように、今もその歯は健在である。

ところで柔らかいガムのような詰め物をした後、先の尖った数種類の工具を使って、前歯の整形を始めた。そしてみるみるうちに元の歯そっくりの形を作りあげた。オーストラリア人は大雑把で不器用だと一般的に思われている。でも医者も技工士も看護師も30才前後の若さだが最新技術をマスターしてきたようで、みごとな仕事ぶりだった。ところで歯はまだ柔らかいままで、この後どのような処置をするのかと思っていたら、先端が紫色の光を出す工具を持ち出し、整形歯に照射を始めた。紫外線の照射である。すると歯は見る見るうちに硬くなっていった。この材料や装置も日本製に間違いはないだろう。

この国ではプラスチック製品の破損、破壊が目立つ、太陽に長時間当てると亀裂が入りぼろぼろとなってしまう、プラスチックは水には強いが、光線には非常に弱い。歯を硬くさせる場合も適当な時間だから良いが、それ以上照射すると材料を破壊させてしまう、それは紫外線が原因なのである。

私はお客さんからスピーカーコーンの修理、テープデッキのベルト取替えをよく頼まれる。スピーカーの場合、コーン外周のスポンジ製エッジ部分はボロボロに壊れ粉末化してしまう。テープデッキの合成ベルトは液化し、コールタールや塗料のようになってしまう。しかし天然ゴムで出来た製品は強いのである。その理由を不思議に思っていた。

以前、日本製の合成皮靴を久しぶり帰国時に履いた。ほぼ新品の状態で10年近くクロゼットに入れたままだった。飛行機の中では何も起きなかったが、空港に着いて重い荷物を運ぼうとした時、急につま先部分がめくれた。接着が剥がれ歩くとパカパカ音がした。急いで紐で括ったが、踵にも異変が生じてきた。かろうじてその靴で目的地までは辿り付けたが、安物の靴を買わねばならなくなった。

日光の射さない場所でも長期間置いておくと、このように材質の変化が起きる。これも紫外線の影響かどうかは定かではない。ところで南極大陸のオゾン層の破壊、後退しているのか進展しているのか、マスコミは一向に報道しなくなった。これこそ不気味である。

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2008年7月21日 (月)

170 オーストラリア経済

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左が最新のオーストラリア大手銀行定期預金利率一覧表である。一年もので8.3%、二年もので8.4%となっている。(20年前は16%だった)今世界中不況の中、この国が最高の利率ではないかと思う。日本の銀行利子0.2%と比べると雲泥の差がある。銀行利子が高くなれば経済は停滞する、特に家の販売が落ち込み価格が下がるのは一般的だが、このゴールドコーストでは下がっていないようである。

日本では「引越し貧乏」と良く言われる。しかしこの国には全く当てはまらない。投売り、売り急ぎをしないかぎり買値よりは必ず高く売れるからである。最近オーストラリアは物価上昇が酷すぎると日本へ引き上げる長期滞在者、年金生活者は増えているが、彼らで家を売って損をした者は一人もいない。むしろ日本では家が安く買えるから、その差額で得をする場合が多いのである。

オーストラリアは大きな国、土地はいくらでもあり安いのに、なぜ古い家や宅地が上昇するのか、その理由は、人は皆便利な場所に住みたいからである。人里離れた場所が土地開発され住宅が建てられる。でも近い将来必ず大きなショッピングセンターがやって来て便利となる。又古い家にも拘らず、その価値が下がらないのは、毎年土地資源当局から宅地評定価格表が来て、常に上がっているのが原因であろう。

今ゴールドコーストでのガソリンの価格はレギュラーで1ドル55セント前後(日々価格が変動する)、E10(エタノール10%入り)はそれよりも3セント安い。大都市シドニーではこの地区より高くなっている。すでにニュージーランドではレギュラーガソリンが2ドルを超えており、この国もすぐにそうなりそうである。私は今、E10を入れている。それは何時廃車にするかの古い車だからで新しい車なら使わない。E10に含まれる水分の影響を心配しているからである。

世界的なエタノール製造により地球規模で穀物価格の高騰が続いている。この町でも米の値段が上昇した。一ヶ月前、スーパーで10キロ入りのサンライスが13ドルで買えたのが、今では20ドルとなっている。すべて原油価格の高値が原因で今や世界中の穀物市場を震撼させている。

石炭、鉄鉱石はこの国の主要な輸出産品の一つだが中国やインドの大量輸入で価格は倍近くに跳ね上がった。昨年は水不足で小麦が不作だった。今年は雨が多く豊作である。しかし雨が降りすぎると農作物に被害が出て凶作となり、高騰した数年前の事例もある。今年は穀物価格上昇に伴い輸出も好調で第一次産業は景気が良い、それに伴いオーストラリア政府も大きく外貨を稼いでいる。

昔、スーツケース一杯のマイクロチップと大型貨物船一杯の鉄鉱石が同じ価格だとそのカサで区別され笑われた。しかし今では鉄鉱石の方が貴重となり、そちらの方に軍配が上がった。第一次産業の好景気でオーストラリア経済は急上昇、無就業率も4.2%を切ったと政府は発表している。でもこの発表は単なる政治プロパガンダに過ぎないと疑うほどその実感がないのである。お金がまだ一般庶民にまで達していないのかも知れないが、そんな雰囲気は全く感じられない、一握りの富裕層に比べ貧乏人が多過ぎ、その格差が激しすぎるのか、それともねじれ好景気による結果なのか、それは分からない。

マーケットへ来るお客さんは所得の低い人達ばかりかも知れないが、とにかくお金を持っていない、かろうじてレストラン等食べ物商売だけは繁盛し、日曜日のマーケットは通りも歩けないほどお客で混雑するのだが、商品が売れないと愚痴を零している店が殆どである。メイドインチャイナの品々は何でも安い、しかしお金の持っていない人に売るのは不可能である。

私の店では土、日の二日間で、売り上げの良い日は一日しかなく決して二日とは続かない。この現象はどの店も同じらしく、何らかの目に見えない力が働きコントロールされているようでもある。

人間は何よりも食べることが第一、高いガソリンを入れ、車を運転してスーパーマーケットへ食料品を買いに行く、すると持ち金のほとんどを使い果たしてしまい他の買い物が出来なくなってしまうのである。オーストラリア人はとにかく良く食べ、良く飲み(ビール、ワイン)、しかも運動しないので丸々と太っている。メタボリックシンドロームなんて気にしていないのだ。

グローバルで穀物価格が上昇、その影響ですべての食品が値上げされているこの時期、裕福な国々が率先しでダイエット運動を始めたらどうだろう、そうすれば文明病である食べ過ぎによる病気、糖尿病、心臓病、高血圧、メタボなんてなくなってしまうのである。人間の身体は飢餓には十分対応出来るように作られていると言う。しかし過食による栄養過多には対処出来ない仕組みだそうである。 

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2008年7月12日 (土)

169 日本を破壊する政治家

アメリカが近く北朝鮮へのテロ指定国家解除をしそうで日本社会では今騒然となっている。先週より北京で始まった六カ国協議で、北朝鮮からの核の申告書の検証が行われているが、その内容はどうでも良いようである。北朝鮮が核兵器を放棄するのではなく、日本人拉致事件が進展した訳ではなく、すべて未解決でありながらアメリカが一方的に解除したいだけのことである。

アメリカがアフガニスタン侵攻及びイラク戦争に大失敗、イランの核開発にも手が打てず、国内ではサブプライムローンの焦げ付きで米ドルが急落、やることなすことすべて裏目に出たブッシュ政権は一大窮地に立たされた。せめて彼の在任中の業績として北朝鮮問題だけは解決しておきたかったのだろう。しかしこれは北朝鮮に核兵器所有を認めることに繋がる、誰が考えても不条理な合意で、死に体のブッシュ大統領最後のあがき、汚物を他国に振り掛けるが如く、歴史に残る至上最悪の結末となりそうである。

以前、強硬派で北朝鮮との交渉を担当した、元米国連大使でもあったジョン ボルトン元国務次官の寄稿論文で、ブッシュ政権による北朝鮮へのテロ支援国家指定の解除を批判、「ブッシュ大統領の北朝鮮政策の悲劇的な終わり」であり、同政権の「完全な知的崩壊」だと酷評した。さらに北朝鮮が提出した申告書には核の兵器化、ウラン濃縮、イラン他、テロ組織への核拡散に関する情報は一切含まれておらず北朝鮮のテロ支援国家解除には値しない内容だと論じた。

ならず者国家には話し合いなど通じない、戦争か制裁しか方法がないのである。今までの制裁による北朝鮮への効果は大で、根を上げる寸前まで行きながら解除してしまう。今ここで止めてしまうと、今までの行動のすべてが水の泡となる。気でも狂ったか、ブッシュ大統領の真意が理解出来ないのは私だけではない。が、その裏には誰も知らない莫大な利権が隠されているという。そういえばブッシュ政権がイラクへ侵攻したのは石油利権の為だった。

ナサの探査衛星が調査したところ北朝鮮の山岳地帯にはレアメタル、ウラン鉱脈が総額2000兆円もあるそうで、ブッシュ氏は大統領引退後のビジネスとして考えているという、ブッシュ家の蓄財は石油利権だけではなかったのである。

日本政府は常にアメリカ追随なので、誰が首相であってもアメリカに従うほかはない。残念ながら同盟国の弱みとも言えるが、アメリカに抗議一つ出来ない腰抜け政治家ばかり情けないとしか言いようがない。日本の憲法を改正、アメリカとの安全保障条約を解消し、自主独立をして日本を守ろうと真に国民の側に立つ、筋の通った行動力ある政治家のいないことが悔やまれる。

福田首相は三無主義だと言われている。「無気力、無責任、無関心」ですべて他人事として捉えている。彼の言う、「他人の嫌がることはしない」とは人との付き合いでは大切だが、日本国、日本丸の船長としては如何なものだろうか、常に特定国にばかり気を使い、日本国民の側にはない、逆にそのツケを国民に回そうとする、国民を犠牲にしようとしているのである。

彼は首相になる直前まで頻繁に中国を訪問していたと言われている。小泉内閣で官房長官だったが年金不払い問題で職を辞した。そのときのコメントで「次にチャンスを待つ」が高年齢の彼の言動として印象に残った。ご存知のように小泉総理は靖国参拝等で中国政府とギクシャクしていた。そんな中、中国当局は福田氏に白羽の矢を立てた。彼に近い将来、日本の首相の座を約束したのである。中国当局にとって日本での政治工作は最も得意な分野である。安部氏の首相辞職は身体の不調が原因だと言われているが、彼の追い落としと福田首相の誕生はすでに出来レースとなっていた。森前首相率いる清和会や宏池会が福田氏を推薦、総理にしたかのようになっているが、その裏で糸を操っていたのは中国政府であると見るべきである。

福田内閣の誕生後、長野聖火リレーでは中国大使館が留学生を召集し、大型で赤い五星旗を持たせ市内に乱舞させた。しかも首相官邸から「中国人は一切逮捕するな」との命令だったそうで警察当局は従わざるを得なかった。

胡錦涛国家主席との共同記者会見では、福田総理のあの気の使い用は気持ちが悪いほど異常なものであった。尖閣諸島のガス田問題では「両国で合意が出来た。東シナ海を平和、友好の海としていき、双方で協力して開発を進めていきたい」とのことだったが、蓋を開けてみると資金を出すだけに終わりそうである。これなら他国への開発投資と変わりはない。これで国民を納得させたつもりだろうが、中国政府は1992年、国内法を制定し尖閣諸島を自国領土としている。この問題を一体どう捉えているのだろうか。

残念ながら福田総理の行為は媚中、屈中と言うよりも中国当局の工作員と変わりのない態度である。中国政府としては彼の首相任期中に精一杯中国が得になる約束をさせておきたい。30万人留学生の受け入れ、安部首相追い落としの立役者となった中川秀直議員による1000万人移民受け入れ案もすべて中国人と半島系民族が対象である。最低最悪のマナーを持つ人たち、異常な考えや行動をする共産主義思想の人が大量に流入して来たら日本の将来は一体どうなってしまうのだろう、と憂慮するのは私だけではない。

中国当局の将来のプランとして太平洋をハワイで分割し、東側をアメリカ、西側を中国の管轄領域とし、日本を名古屋で区切り上を日本自治国、その下半分は日本省にする計画だという。中国が毎年二桁台の軍事予算をつぎ込んでいるのはその為で、日本国民も平和ボケに浸っていると、チベットや東トルキスタンと同じように人民解放軍や治安警察によって弾圧される国家となる。無関心でいると近い将来大変なことになってしまうのである。

ロビー活動によって中国政府が送り込んだ馬英九政権が誕生した台湾が今その過程にある。先日の尖閣諸島に於ける領海侵犯事件も中国政府の仕組んだ工作活動だと言われている。福田首相が海上保安庁の那須秀雄本部長を呼び遊漁船の船長に書簡を送り、謝罪するように求めたという。巡視船は日本の国益のために取った行動で決して間違ってはいない。しかも遊漁船は自ら衝突をし、沈没したと言われている。巡視船艦長もさぞやりきれない気持ちであろう、次回から領海侵犯をしてきた船があっても見逃すことになるだろう。

小泉内閣当時、官房長官だった福田氏に拉致被害者の蓮池薫さんが日本政府の対応の悪さを非難したら、「貴方は日本へ帰れただけでも感謝しなさい」と言ったそうで、蓮池さんは絶句したと言う。北朝鮮による拉致事件は国家犯罪であって、被害者を取り戻す事は日本政府の責任だとは思っていないのである。

彼が総理に決まった直後、北朝鮮、韓国系の団体からの一切の関係を絶ったと言われている。それまで中国のみならず半島系パチンコ業界からかなりの献金を受けていたとの噂もある。ブッシュ大統領による北朝鮮テロ国家指定解除は福田首相にとっては願ってもない事態で、これですべて他人事として捉え解決出来るのである。

レアメタルの利権絡みで北朝鮮を擁護、下半身ねたで有名になった、エロ拓こと元自民党副総裁の山崎拓議員、同じく擁護派の加藤紘一議員(つい最近日中友好協会の会長に就任)、事実ではない従軍慰安婦談話を出して撤回を求められている河野洋平衆議院議長(日中貿易協会会長)、人権擁護法案を押し通そうとしている大田誠一議員とそのボスの古賀誠議員、江沢民の銅像を建てようとした二階俊博議員、利権がらみで外国人参政権を国会に提出しようとしている売国議員たち、その中には自民党議員も大勢いる。それに民主党のほとんどの議員、日本共産党、社民党等、日本を崩壊に導こうとしている国会議員の集りである。

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2008年6月26日 (木)

168 ゴールドコースト市長の嘘公約

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写真左上、左側がロンクラーク市長、

過去ブログ163でゴールドコースト市長選について、三候補接戦の詳細を記した。数週間経って、どの地元メディアからも結果が報道されず、すっかり忘れていたが、逃げ切りで勝ったのか、いつの間にか前市長のロン クラーク氏が当選していた。何パーセントの得票率だったか、詳細は一切報道されなかったので分からない。

通常、どのような選挙でも投票時間が終了するとすぐに開票作業が始まる。それはこの国でも同じだが、人数を大増員し、夜を徹しての開票作業は行わないのが原則となっているらしい。

日曜、祝日、又は夜六時を過ぎたり、朝六時以前に従業員を働かせたりするとペナルティウエイジィズ(罰則給与)として国民所得法に基づき、雇用主は従業員に時給を高く支払わねばならない。選挙の場合、ほとんどはボランティアで働く人達だろうが、夜を徹してまで開票作業をする必要はないと思っている。今回のように接戦となると、結果が判明するまで何週間も費やしてしまうが、この国では選挙に不正が少ないことから、選挙管理事務所は時間をかけ集計作業し、結果の公表を遅らせても誰からも文句が出ない。市民も当局のやることにあまり口出しはしないのである。

今回の選挙で前市長ロンクラーク氏は約束をした。「もし再選されたなら、今後レイツ(市民税)の値上げはしない」と。その公約を信じて彼に投票した人、半信半疑で一票を投じた人、激戦の上かろうじて、現職の強みとかで当選を果たした。私は選挙公約であったレイツ凍結の約束を守るとは思っていなかったのだが、先々週、小さな新聞記事で公約通りレイツの値上げはしないと発表した。その新聞を読んで市民は大喜びしたことは言うまでもない。しかしその口も渇かない1週間後に出た新聞の記事がこの内容だったのである。

彼は1968年のメキシコ五輪、1マイル(1600m)走で金メダルを取ったという。その後、彼の人生についての詳細は報道されないから分からないが、今から4年前のゴールドコースト市長選でオリンピックのゴールドメダリストだと云うことで出馬し初当選をした。

レイツ値上げを極力押さえてきた前市長のゲイル バイルドン氏が続投の立候補をしたとき、再選を果たしたらレイツの値上げは避けられないと新聞で報道をした。それがアザとなって市民から恐れられ、レイツについて一切のコメントをしなかったロン クラーク氏に票が流れたのであった。

私はどちらにも投票しなかった。ロン クラーク氏には市長になって欲しくなかった。とかくスポーツ選手は自分さえ良ければの心の持ち主が多い。そのような訓練を日々積まなければ他の選手との激しい競争には勝てないからである。ところが元オリンピック選手と言うことで彼が選ばれてしまったのである。

右も左も分からず、行政にはまったくの素人だった彼は市当局の言いなりとならざるを得なくなり、任期中レイツは40パーセント以上の値上がりとなってしまった。彼の新市長としての最初の仕事は市長及び市当局員の給料の値上げだった。当然その後、レイツの値上げを加速せざるを得なくなった。「我さえ良ければ」と、予想通り彼の本性が現れ始めた。

しかし、さすがに彼も前回はレイツの値上げをし過ぎたと思ったのだろう、今回の選挙では再選されたい一心で、その凍結の約束をした。ところが「約束を守る」との新聞報道したその日、それを知った市幹部からの突っ込みで、彼はその約束を引っ込めてしまったのである。一旦当選すれば市民よりも市当局の方が大切で、又次の選挙には立候補しないからだ。

レイツ凍結の公約で彼に投票した人々は詐欺にかかったような心境だろう。数ヶ月前、彼はブリスベンで開催されたクイーンズランド州の市長会議を欠席した。その日、彼はゴールドコースト競馬場で馬券を片手に楽しんでいたと新聞報道された。今後4年、何を仕出かすか分からない興味津々のゴールドコースト市、ゴールドメダリストメイヤーである。

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2008年6月10日 (火)

167 中国、韓国の偽物商品

スーパーノートといえば北朝鮮製で有名な精巧偽造100ドル札だが、先日中国製の100ドル札の偽造品を韓国へ持ち込もうとして韓国人の男が逮捕された。中国山東省青島で額面の三割で800枚を購入したそうだがスーパーノート以上の精巧さだそうである。

世界に俳諧する偽造品の多くは中国と韓国によって製造されているが、とりわけ中国はなんでもありきの国、いよいよ偽札にまで手を出すとは信じられないことである。精巧な偽札を造り出すには熟練した原版作り職人、高度な印刷技術、しかもそれを流通させる組織が必要で、国を挙げての偽札作り、麻薬栽培の製造と密輸国である、ならず者国家、北朝鮮と同じく、中国当局も何らかの形で関与していているとの指摘もある。

昨年12月、日本で聖徳太子肖像の旧一万円札を銀行に入金しようとして70歳の男が逮捕された。さらに彼の部屋からは800枚もの同偽札が発見されたそうだ。これらはスーパーJ1と呼ばれ、旧一万円札の中では最も精度の高いものとされている。製造場所について、日本の捜査当局は発見された東南アジアから逆ルートを辿っていくと、行き着く先は中国の雲南省で、ここには4箇所の偽札製造の拠点があるそうである。これだけ大掛かりな偽札工場となれば中国政府としても知らないとは言えまい。むしろ製造をサポートしているとしか考えられないのである。

中国の人民解放軍は国軍ではなく共産党が所持する軍で、もともとは政権打倒を目的とする民間の革命武装組織である。今は共産党政府が実権を握っているから世界からも中華人民共和国の国軍として扱われているが、国務院の国防部は人民解放軍の指揮権を持っていない。したがって党首席の立場では軍を完全に掌握するのが難しく、歴代の最高指導者は軍事委員会首席を兼任しているのである。人民解放軍は地域別に七つの軍区に分かれていて、軍区司令官は所属の陸、海、空軍の指揮権を持っている。

中国政府が軍を完全に掌握出来ない理由として各軍区は独立採算制で運営されており、軍を維持するための費用は独自に稼ぎ出さねばならず、各種の事業を営んで資金の調達をしているのである。国有企業の殆どは人民解放軍の傘下であり、軍需産業をはじめ情報関連会社、繊維工場、ホテル、その他あらゆる業種があって利益を生み出し、密貿易もその一つだと言う。したがって経済的に自立している軍隊なので政府としても人民解放軍を完全にコントロール出来ないのだと言われている。中央政府もこのままの状態ではいつ銃口が自分たちに向けられるか分からないとの不安から1998年に人民解放軍の商業活動を禁止した。だがいったんうまみを知った軍幹部は簡単に止められず、今でもしっかり各企業と繋がっているそうで、もしかしたら偽造紙幣製造にも何らかの関連がありそうである。

毒入り冷凍ギョーザ事件で有名な天洋食品はこの人民解放軍の本部がある地域で、この冷凍食品会社も管轄下にあるという。私の推測だが反日教育で育て上げられた人民解放軍の兵士が日本人を懲らしめるためと毒を混入させたか? あるいは北京政府に何かを直訴していて拒否され、その報復として実行されたか? 又は両方とも考えられる。胡欽国家主席がこの事件を知り、地団太踏んで悔しがったと言うから、こちらの方が正解だろう。どちらにしても公に出来ない何か深い訳があるから、時間を掛けてうやむやに終わらせようとしているのである。

中国の国家主席が未だに人民解放軍を完全に掌握出来ていないのが事実だとすると、いつ暴走するかも知れない危険性がある。数ヶ月前、人民解放軍の三つの軍区から台湾侵攻を中央政府に直訴したと言われているが、このようなことが再び起きる可能性もあり、五輪後の中国情勢を特に注視する必要がある。

四川大地震による死者、行方不明者を合わせると10万人近くになると言われている。チベット人が多く住む地域での大地震、先月のラサ暴動に続いて抗議運動が起きた成都市の周辺で発生し、中国政府からの弾圧と共に被害者の皆様には本当にお気の毒である。ご存知のようにヒマラヤ山脈は大陸からの押し上げにより隆起し世界最高峰となった。いわゆる地震の繰り返しによってエベレストが誕生し、その近辺の地層は今も移動し続けているのである。

四川省と言えばパンダの繁殖地でも有名だが、たくさんの歴史ある建造物でも知られ、それらが世界遺産にも登録されている。ところで震源地に近い綿陽市には数々の核兵器関連施設があって、今回の地震で大被害を受けたそうである。中国当局は事実を隠蔽しているが、地震発生から二時間後に大勢の人民解放軍を向かわせたのは国民を救助するのではなく、核施設防御の為だったと言われている。核物質の紛失も最初は三個だったのが、三十三個と増え、今では九十九個になったとの話も飛び交っている。

地震による堰止湖が34箇所出来、その中でも一番大きいのは唐家山土砂崩れで、毎日2メートルの増水があり、これが決壊すると下流に住む20万人に被害が出るという、最初は爆破による水抜きを考え、個々の兵士が10キロの爆薬を背負って山を登っている姿をテレビで観たが、爆破は危険だということでショベル重機により排水路工事が始まった。ところがこの溝掘り作業中に以前埋設した放射性廃棄物が出てくるそうである。

日本の緊急援助隊、医療チームは震源地近くの被災現場での作業を想定、準備を整え、そのつもりをしていた。ところが北京政府に要請をしたが断られ、大病院での救護活動のみとなった。でも行かなくて良かったのではないか、現地で活動をしていれば放射性物質による被爆は免れなかったかも知れないのだ。

世界一巨大な三峡ダム、揚子江流域の重慶直轄市から湖北省一帯に建設中のダムで1993年着工、2009年完成の予定だったが、9ヶ月早く完成するそうである。全長570キロ通常水位標高175メートル、現在の貯水量は390億立方メートルに達しており、この重みに耐え切れず四川大地震が発生したのではないかと言われている。地震の専門家によると、大峡谷は地質が安定してなく、ダムの水位が100メートル以上になると不均衡な圧力差によって他地域に地震を発生させる可能性があると言う。専門家は請願書に科学者数十人が署名をし、北京政府に直訴したが却下され工事が続行、計画通りのダム水位となった。

中国は国の威信にかけてとか面子とかの言葉を良く口にする。1949年に中華人民共和国の建国、1972年に国連に加盟、低額の供出金にかかわらず常任理事国となってからは横暴極まりない振る舞い、自国さえ良ければとの思い、ロシア、アメリカと同じく、他国との協調性など全く見られない。威信を持ちたいならば北朝鮮以外の国々に尽くすべきであり、それにより威厳や信頼が得られるのである。人間も同じだが威信とか面子とか、見栄を張る人程は薄っぺらで浅はか、品格のない者が多い、己に自信がないからそうするのである。

中国は二十分の一と言う人件費の安さから世界の中心的生産工場となったが、工場設備から技術に至るまですべて他国から与えられたものである。1970年代、日本の高度成長期の姿を彷彿とさせるが、その違いは日本人の持ち前の勤勉さと努力で製品を改良したり新製品を開発したりしていった。これが世界第二の経済大国になった要因である。

残念ながら、中国政府、生産工場では今も昔もちっとも変わってなく何の学び、何の進歩も見られない。相変わらず、安いだけが取り柄の粗悪品を作り続けている。自分たちの生み出した品物ではないから、売って金を貰ったが最後、その製品がどのように使われようが知ったことではない。他国からの援助により工場が出来た頃には、海外の優秀な技術者により品質管理も徹底されていた。しかし今は糸の切れた凧の如く、生産も24時間交代制で行われ、製造ラインも過剰気味となっている。買う場合には船積み用コンテナ一杯が単価となっているから輸入業者も、かなりリスクを承知で買わねばならない。

面白いと思うのは、中国工場のオーナーや輸出業で現在成金となった人たちの間で、日本旅行が非常に盛んだということである。一体何をしに来るのかと言うと買い物だそうで、デジカメや家電製品等、メイドインジャパンとの表記を徹底的に確認してから買うそうである。いかに彼らの製造した品物が粗悪品であり、信用されていないかが、彼ら自身一番良く知っているのである。

私の中古オーディオ店でもブランド品であれば必ず高値で売れる。ブランド品は信用、信頼の証で、コピーは何時まで経ってもコピー、偽物である。中国や韓国でコピーが盛んなのは、何時まで経ってもオリジナル製品は生み出せないと言うことで、何時まで経っても一流の国にはなれないということである。

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2008年5月21日 (水)

166 最近のカラーラマーケット

1999年からゴールドコーストのカラーラマーケットで1ストール(1テーブル)の小さな店を持ち、セカンドハンド商品の販売を始めて9年近くになる。以前マーケットは掘り出し物の宝庫で古道具屋とか中古製品を売る店が多かった。しかし現在はうちを含めて2店舗、しかもオーディオ製品を扱っているのは私の店だけとなった。メイドインチャイナの安い品々が出回り、中古物品は売れなくなり利益が出なくなってしまったからである。それですべての店が新品を売るようになったのだが、中国製で同じ品物を売る店が続出し、オーストラリアなのにチャイナマーケットと化してしまった。そしてお互い過当競争で値段の下げ合いとなって、今ではレントすら稼げない店があちこちに出始め、ビジネスを売りに出しているストールホルダーも珍しくなくなった。

もともと中国製品は安いのが特徴だから薄利多売が目的である。ところが品物は大抵一台あれば良く、二台三台と買う必要はない。それにすべてのお客さんが欲しい訳ではないから、どんなに安くても数が売れる訳ではないのである。しかも小売価格が低いことから売り上げが延びず利益率も少ない、品物によっては売値すべてが利益となってもまだ足りない、数が売れない儲けは出ない、ないないづくしで、販売店としては非常に厳しい状況となっている。

近くに中国製で新品のゴルフ用電動バギーを売っている店がある。以前は999ドルで売っていた。ところが電子回路の故障が続発し、交換部品が手に入らないとのことで、今は179ドルで販売している。店の主人は「売れば売るほど赤字だが、在庫の処分で仕方がない」と言っている。彼からその修理の依頼を受け、分解をしてみると、ICの製品番号をわざわざ紙ヤスリで削り落としている、これでは小パーツの取替えすらも出来ない状態である。製造元としてはもう一台買わせるつもりだろうが、世の中そう甘いものではない、いくら安くても二度と買わないのが常識である。彼はコンテナ一杯(200台)を買ったのかどうかは知らないが、まだ在庫が相当数残っていると言う。チャイナリスクの結末である。仕入れ業者、買った人が損をするだけで、製造元には何の影響も及ぼさない。安物買いの銭失いと言うところである。

私は数年前から各種電気器具、オーディオ機器の修理も始めたので、中古製品は売れなくてもなんとか損はせず、店の経営は保たれている。たまにオールドスタッフの品とかオーディオ製品、特にアンプ類がバカ売れするときがあって、これらが臨時収入となる。なにぶん5ドルとか10ドルで買った、壊れた品物が、少し手を加えるだけで10倍以上に売れるのだから利益率は良い方である。

しかも修理するのが苦にならない。内部構造を知り、システムを調べ、故障の原因を見付け出すことが楽しいのである。作業中は誰も侵すことが出来ない陶酔の境地にあり、時間の経過はほとんど感じない。でもこれが毎日自宅に篭もりきりで修理のみの日々なら退屈もしようが、週に二日は必ずお客さんと接することで、世間とのコミュニケーションも保たれている。適当な刺激もあり、品物の依頼による責任感が生まれ、やる気にもなる。これが日々充実、エンジョイ出来ている理由であろう。

ところがお客さんによっては中国産が安く買えるようになったから、パーツや修理代も安くなっただろうと来る人がある。そういうお客さんには丁寧にお断りをし、新品を買うよう薦める。しかしマーケットに来るお客さんの殆どは買いたくとも買えない、金銭にゆとりのない人が多く、出来れば修理に出したいのである。ところが最近の中国製品は故障が多いくせに部品が手に入らず、壊れたが最後、ゴミ箱行きとなる。非常にもったいない資源の無駄使いだと思うが、それが今の流れだからどうすることも出来ない。

私の場合、点検は無料、修理は出来なければ代金を貰わない主義だし、頂いても世間の半額程度である。いくら修理が好きでも、それ以下にするつもりはないが、人を雇っていないし、切羽詰った生活をしている訳ではないから、これで十分やっていける。時にはお客さんから商品とか値段にケチを付けられ、その受け答えに頭がカッカして、喧嘩になってしまう場合もある、そんなことも度々あるから退屈のしない日々なのである。

私はあと一年すると、政府からペンショナー(年金生活者)としての年金が支給される。しかし老後でやること(仕事)がないほど退屈で詰まらない人生はない。日々嬉々とした生活をするには職を持つことが必要で、この仕事は最適だと思っている。もし健康なら、あと15年は続けられそうである。

今から8ヶ月前、マーケットのオフィスマネージャーと大喧嘩をしたことがあった。過去ブログ140141に詳しく記述している。

ピーターと言う40歳過ぎバス乗降係員が、突然私の車前方で大型バンのタクシー運転手と話し合いを始め、進行を遮った。ちょうど、ガレージセールの帰り、朝の忙しい時間帯で、ストールのオープンが遅れそうになったので、思いっ切り彼に抗議をした。そうしたら彼が逆恨みからか、マーケットのマネージャーのジョンに事実と異なる報告をした。マーケットオフィスとすれば、常にストールホルダーを押さえ付けて置きたい心境だから、ストールホルダーからの抗議なんてとんでもない話である。それで、頭に来たジョンはピーターと共に、でたらめな話を作っては私に嫌がらせを始めたのだった。

ストールホルダーの車はマーケット内に駐車してはならない。朝八時前とか午後三時過ぎならばOKで、しかも荷物の積み下ろしだけに限られている。もし違反すると200ドルの罰金を払わねばならないことになっていた。

しばらくして私の車が違反時間内に駐車していたとのノーティスが入った。ジョンが書いた文書であった。私は違反をした覚えもなく、しかもその車のプレートナンバーの表示が違っていた。早速その手紙を持って事務所へ駆け込んだ。そしてジョンに思いっきり抗議をした。すると彼は手をぶるぶる震わせながら興奮した。てっきり「間違いだった」と誤ってくれるものと期待していたのに意外だった。ジョンは行く場がなくなったのだろう、余計に頭に来たらしく顔を紅潮させ、私を睨み付け怒鳴り始めた。彼はパーキンソンズ病だと聞いていたが、かなりひどい状態だった。

しばらくすると再びジョンからノーティスが届いた。今度は車の番号は一致していた。しかし時間が12時過ぎで、これも全く身に覚えはなかった。第一、マーケットが混雑する最も忙しい時間帯であり、その時期に駐車場所を見付け出すことは不可能である。そして、その時はじめて作り話だと気付いた。早速オフィスに行き、ジョンに文句を言った。彼が病気であろうがなかろうが知ったことではない。だまっていると非を認めたことになってしまう。案の定、事務所で数人の職員の前で大喧嘩となった。ジョンは以前にも増して手をブルブル震わせ激怒した。しかし私には何の落ち度もない、叱責される筋合いはないのである。私は次第に冷静になってきた。そして「これを報告したのは一体誰だ、ピーターか?」と尋ねたら、ジョンは答えなかった。

次週のマーケット日、ジョンはわざわざ私のストールまでやって来た。それにセキュリティマンのブライアンを連れていた。それで、彼が駐車するのを目撃したと言うのである。明らかに捏造であった。ジョンは私の店で物凄い形相をして、何時ものように手をブルブル振るわせながら怒り出した。でも私には疚しいところはないから冷静そのものであった。そして「それは真実ではない」と、私は近所の店にも聞こえるような大声を出して突っ撥ねると、彼らは黙って帰っていった。

さあ大変なことになってきた。次にジョンはどんな手段で私に報復してくるか分からない。その対応にと、今までの出来事すべてを書いた英文書をパソコンで作成した。ソリシター(下級弁護士)まで頼む必要はなかろうと思ったが、法的な問題に発展しても良いように準備をしたのである。もしかしたらマーケットのオーナーである資産家テリーモリスに会わねばならなくなるかも知れないと思った。彼はマーケット以外にも多くのビジネスを手掛け、商売人としてモラル、良識を持っていると思ったからである。

ところが何時まで経っても次の進展が見られない。そしてすっかり忘れていた。しかもジョン、ピーター、ブライアンの三名がマーケットで見掛けなくなってしまったのである。向かいのキャンドルショップのおばさんに確かめると、ジョンはパーキンソン病の悪化でオフィスを離れ、ピーターとブライアンもなぜかこのマーケットを辞めたそうである。「なぜか?」と聞いても「知らない」との答えだった。人を陥れようとしても、真実には絶対勝つことは出来ない、眼に見えない何らかの力が働いのである。

それにしてもジョンを含め三人はバレバレの幼稚な考えでよく私を攻撃してきたものである、バカとしか言いようがない。

ところで、以前セキュリティのブライアンは度々私の店を訪れ、電気器具修理の件でいろいろ質問をした、その時、私は気軽に教えてあげた。彼に会ったら「嘘つき」と言ってやりたかったのだが、居なくなって残念である。

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2008年5月 1日 (木)

165 中共による洗脳教育

去る425日、オーストラリアの州都キャンベラで北京五輪のトーチリレーがあった。欧米諸国と共に人権問題では非常に厳しい態度を取る豪州だが、このトーチリレーでも中国によるチベット弾圧の抗議デモでロンドンやパリ以上の混乱が起きるだろうと予想された。しかし総勢一万人と言われる各地から集まって来た中国系の若者たちによってチベット擁護団体によるデモの姿はかき消されてしまった。

東南アジア諸国でも同じだったが抗議をする者が居たら、その周りに大きな赤い中国旗を持った集団が集まってきて取り囲み、外部から見えないようにしてしまう、そして時には抗議者に殴る、蹴るの暴行さえ加えることもあったという。何とも恐ろしい集団リンチである。

キャンベラでもその事態に近かったようで、チベットの人たちは目だった抗議活動は出来なかった。しかし見上げるとフリーチベットの文字がくっきりと上空に現れていた。支持者の誰かが軽飛行機で描いたのである。予想もしなかった出来事に誰もがポカンと口を開けて空を見上げていたそうである。想定外に集まった中国系若者を監督、誘導するためオーストラリア政府は相当数のポリスを出動させた。そして数億円の余分な出費だったと現地新聞は伝えていた。

426日の長野に於けるトーチリレーを私はテレビで観た。他の国々と同様、中国の赤い五星紅旗を持った群衆が町に溢れ、長野は一体どこの国、もしかしたら中国の省ではないかとさえ思った。その場に居合わせたミキシーのインターネットブロガーによると日本の警察は中国旗を持った人達を最優遇し、たとえ暴力行為をしても観て見ぬふりをし、日本人の抗議活動家だけを逮捕したそうである。又、マスコミのすべてが抗議デモの様子は撮らず、赤旗軍団だけを写して、長野に於ける五輪トーチリレーは大成功だったと報じた。高村外務大臣のコメントとして「中国人の逮捕者は一人も出なかった。すべて他国の人たちである」と胸を張って言った。それはそうであろう、中国人が暴力行為をしても何のお咎めもなく逮捕しなかったのだから当然である。さすが福田総理、河野衆院議長、二階総務会長に次ぐ屈中政治家の一人である。これで五輪開会式典に大手を振って出席できる。

大きな五星紅旗を振り回していたのは世界各地に散らばっている留学生たちで、「鶴の一声」の如く各国にある中国大使館の呼び掛けで集まって来るという。中国の好景気でにわか成金が続出し、その子供たち、それに共産党幹部の子弟たちも多数含まれ、世界中の有名大学に留学させている。中国政府は各国大使館を通じて指令を出す、当局と密接に連絡を取り合っている、いわゆる工作員のような留学生リーダーがいて、中心となりその指令を受け、呼び掛けを行い、学生をまとめたり扇動したりしているといわれている。中国国内に居るがごとくにその行動を統率しているのである。留学するに必要なパスポート発給の条件として、指示に従うよう彼らは一筆書かされているのかも知れない。

中国政府としては徹底した洗脳教育によって鍛え上げた彼らを外国に住まわせながら、本国の意のままにコントロール出来ていることで非常に満足していることだろう。でも留学先の政府とか大学当局、一般市民としては大変迷惑な話である。しかも脅威と感じ、中国人学生は鼻つまみ者、要注意の人たちとしか見なくなってしまう。留学生なので学業は続けられても、卒業し現地での就職となると大抵の会社は怖がって、たとえ優秀な卒業生であってもどこも雇いたくなくなってしまう。中国共産党政府の思考は一般常識から逸脱しているから、そのような事になることを予想していない愚かさである。

国連総会でも常任理事国の強い立場を利用して非常識な発言、反対票やゴリ押しで今まで通してきたので、世界の国々でも土足で上がるが如く、それと同じやり方で処置しようとしている。それでもし反中国政策でも取ろうものなら、その国で中国人留学生を集結させ、赤旗を持たせ群集デモをおこさせ、当国に威圧を与えるという、とんでもないことを考えているのである。現に中国政府は「中国人留学生が起こした大規模なデモが、海外の反中勢力に大きな圧力になった。と高く評価した」と伝えている。今回の五輪トーチリレーでの留学生の集結はそのプレデモンストレーションだったのである。

先々週、野村證券で中国人社員によるインサイダー取引が発覚し、中国人3名が逮捕された。大手証券会社として信用の大失墜である。これは重要な仕事を中国人に任せていた会社側に99パーセントの責任がある。京都大学卒で優秀、日本語はたんのう、将来上海のストックマーケットで株取引をさせ、会社は彼から儲けさせて貰おうと重要なポストを与えた。しかしそれが裏目にでたようである。彼を抜擢した会社幹部は無知としか言いようがない。したたかな中国民族の持つ真の素性を知らない愚かな行為と言える。

昨年、温家宝首相が来日した時、慢心の笑みで国会演説をしていた。そして日本各地を訪問し、土地の人々と笑顔による対話を繰り返していたが、決して腹の内は見せなかった。それが中国民族の本質であり、カルチャーなのである。彼はチベットと同じく、東トルキスタンで核実験を数限りなくやり住民に被爆者を出しても無視、反体制派の虐殺を指揮し、今の首相の座を射止めた人物なのである。温和は顔立ちをしているが心の中は邪気である。

そして56日に来日が予定されている胡錦国家主席こそがチベット弾圧、ラサで大虐殺をして中国共産党の頂点にまで上り詰めた冷酷無比なる人物なのである。198812月末、中共政府は彼をチベット自治区党委員会書記としてラサに送った。46歳だった。彼は文民の出だったが、政府から軍に対する命令権を得て、狂気の軍政を敷き、名だたる高僧の相次ぐ公開処刑での恐怖政治が始まった。

198935日、ジョカン寺に多数の僧侶と市民が集った。その後、平和的行進が始まり、参加者は次第に膨れ上がり、ラサの町は熱気を帯びた。それを見た胡錦涛は武装警察を主体とした武力鎮圧を発動した。午後1時40分、チベット人の歓声は銃弾の中に消え、代わりに負傷者のうめき声、泣き叫ぶ声、恐怖で逃げまどう人々の叫び声などが響いた。ラサの街は一瞬にして血と涙で覆われてしまったのである。

その後、彼と行動を共にしていたダライラマ次期後継者が変死した。そして次期後継者が決まったその直後に拉致事件が発生した。当時6歳だったその少年は未だ行方不明である。13年経った現在、中国政府はこの拉致を認めたが、彼の居場所は明かしていない。これらすべての事件に胡錦涛国家主席がかかわっていたのである。現在のチベットの姿が将来の日本の末路となる可能性がある。

その虐殺仕掛け人の彼が国賓として招かれ、56日に日本を訪問する。しかも皇居に招かれ天皇陛下に会うという。台湾統一後は尖閣列島と沖縄を侵略、そして日本を自治国にした暁に一番先に処刑されるのは天皇家一族である。今はその準備段階であり、オリンピック開催は軍備増強の為の資金集めである。

昭和の日の429日に元首相だった中曽根康弘氏が中国まで出掛け、胡錦涛国家主席と会談している。引退したとは言え保守的でタカ派、親米家であった彼が一体何を話しに行ったのか訳が分からない。それよりも中国当局によって洗脳された日本の政府、政治家たちを立て直して欲しかった。それが老練政治家の役目である。胡錦涛国家主席来日時には日本各地で有志による反中デモが予定されている。祖国を憂う者たちが立ち上がったようである。

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2008年4月17日 (木)

164 日本への言論弾圧

マスメディア、特に新聞各社の本来の目的は真実を伝えることである。これがもし特定国、特定政党、特定組織や団体を媚び諂ったり庇ったりする内容の記事、或いは彼らにとって都合の悪い事柄を「臭い物に蓋」で報道しなかった場合、それは大衆の為にあるメディアではなくお抱えの報道機関となってしまう。

「白鳥は悲しからずや空の青海の青にも染まずただよう」(若山牧水)

マスメディアの世界へ入社した記者は純粋な気持ちで真実を記事にする。ところが上層部とか編集者の思惑で違った内容に変えられてしまう。そうなると記事は一般大衆への真の報道ではなくなってしまう。本人は会社から給料を貰い生活をしているから、ある程度は仕方のない事だが、そうなると会社に都合の良い偏向記事ばかりとなって、読者にとっては面白くも何ともない内容に変わってしまう。特定其々から上層部に金銭の授受、サポートがあったりすると、ついにそれらのプロパガンダ的記事ばかりとなって、御用報道機関の汚名すらも拝命することになる。日本の大手新聞社数社がそれに該当する。

今日のようにインターネットが普及してくると、ニュースのほとんどをウエブサイトから読むことが出来る、何も新聞を買う必要がなくなってきたのである。しかも各サイトの記事を読み比べることで事柄の真実を知ることが出来る。報道で一般が欲するのは真実であり、知りたいのはそれだけである。

例えば、日本に住む外国人が重大な罪を犯したとする。先々週の米海兵隊員によるタクシー運転手殺害事件のようにアルファベットで綴られる容疑者は別として、通称名を持つ半島系住民の場合、通称名と本名を同時に書くのが報道機関としての役目である。ところが殆どの新聞は実名を書かないばかりか、その事件は日本人の犯行であるかの如き隠蔽をしてしまう。そういう事をすればさらに彼らの犯罪が増えるのである。2007年、在日半島系住民による犯罪件数は過去10年間で最多を記録したという。

実名を公表すると朝鮮総連とか韓国民団から文句が出て、恫喝もどきの突き上げがあるという。彼らが恫喝しなければならないのは同胞の犯罪人たちへであって報道機関ではない。他国で同胞が犯罪を起こしても、それを恥とも思わない態度、しかもそれを隠そうとする行為が犯罪をさらに増加させている。

学校に於けるいじめ問題でも弱い生徒が強い生徒に反発や反抗の意思を示さないことで起きる。言葉の反発で足りなければ殴り合うことも必要で、そうすればしなくなるのである。組織や団体から抗議されるのが怖いからと、言うべきことも言わないとさらにエスカレートさせていく。マナーの良くない人たちにはその間違いを指摘し、再発防止の為、勇気を持って反発すべきである。

昨今の中国共産党政府に対しても同じことである。サッカー観戦のマナーの悪さと言い、毒入りギョーザ事件、東シナ海のガス田問題、チベット弾圧でも何一つ発言出来ず傍観している日本政府、野党連、経済界、マスメディアがほとんどである。人間が生きて行く上で最低限のマナー、道徳、倫理観が喪失している国に対して、何の意見も言えないとは真になさけない話である。何を恐れているのか、蛇に睨まれた蛙のように身動き一つ出来ない有様である。もしかしたら日本の政財界トップは当局から金銭の贈与か、それとも弱点を掴まれ脅迫されているのかも知れない。以前、上海の日本領事館で起きた書記官謎の自殺のように、謎の事故死、謎の病死により闇に葬られると恐れているのか、それほど中国政府を怖がっている。これでは何事も自由なはずの日本が中国当局より言論弾圧を受けているとしか思えない、中国一般市民、チベットや東トルキスタンとさほど違いはないのである。

国連総会での北朝鮮問題では中国は常に庇う側に立つ、そうすることで北朝鮮は改善するどころか、意を得たと強気になるだけ、良識のない人たちには良識でいくら議論しても無駄で制裁以外に方法はない。癌患者を治療する場合、抗がん剤を使用するか、癌細胞を取り除く以外に方法がないのと同じである。

しかし急ぐ必要はない。近年ソビエト共産党政府が崩壊したように中国や北朝鮮の体制崩壊も時間の問題であろう。共産主義社会は人間が生活をしていく上でどうしても無理のある、馴染めない、不自然な思想だからである。共産主義を維持させるためには粛清が必要となる。反体制発言をしたら「身内とは言え訴えよ」では、家族よりも体制維持の方が大切で、お互い軽い冗談すら言えないぎすぎすした仲となり、嘘も平気で言わねばならなくなる。嘘には嘘の上塗りが必要で、しまいには何が真実か分からない不自然な状態に陥ってしまう。

祖父母があって両親があり、両親があって自分や家族がある。家族の集まりで市町村や都市が生まれ、その集まりが国家である。共産主義思想では国家があって家庭や家族がありで全くの逆思考、共産党幹部とは言え家族があり家庭がある。十人十色の子供たちに国家に忠誠を誓わせ、全員に共産思想を叩き込むのは無理である。もし反体制発言をする子供がいて、言うことを聞かなかった場合、親は当局にわが子を密告、差し出すのか、冷血鬼畜の親となれるかである。家族を崩壊させて国家が成り立つはずはない、そんな国家のトップとなって、それを幸せと喜べたら人間ではない、犬、畜生にも劣る下等動物である。

今、北京オリンピックの聖火リレーが各国で行われている。ギリシャでの点火式を皮切りに、フランス、ロンドン、サンフランシスコと「チベット民族に自由を」との運動か展開されている。このチベットは1950年代、中国の人民解放軍によって侵攻され自治区に指定された。軍隊を持たない宗教の国で侵略は簡単だったに違いない。当時、指導者ダライ ラマ14世は仏教の教えにある「笑顔を持って相手に接し、迎い入れれば悪いことはしない」を実践したという。だが武力がすべての共産主義者にはこれが通用しなかった。

平均海抜4000メートルを超えるチベット自治区にはダイヤモンド、マグネシューム、スズ、鉛、亜鉛、鉄、石炭、クロムなど70種類以上の天然資源の埋蔵があり、最近では超大型のウラン鉱脈も発見された、まさに宝の山である。パネルテレビのLCDスクリーンやモービルホーンの製造になくてはならない、レアメタル(希少金属)、レアアースもここから出ているのだろう。日本の先端技術には欠かせない金属、喉から手の出るほど欲しい地下資源である。中国本土の天然資源といえば石炭だけと思っていたが、日本がレアメタルを大量に中国から買っていると知ってびっくりしていた。おそらくこのチベット自治区からの産出であろう。

20067月青蔵鉄道(青海省西寧からチベットのラサまで)が開通して以来、地下資源の中国側への輸送はもとより、中国人観光客がラサに押しかけるようになった。静かだった仏教の都が風紀の乱れた観光地と化し、中国人銀行や商店があちこちに店を出して商売をし、大儲けをしているという。

先月、ラサで暴動があった。中国国営テレビの製作として世界中に放映されたが、中国系店舗ばかりが攻撃され、その破壊シーンに強烈な印象を受けた。ところが衣をまとった僧侶の中に多数の中国人が混じっていたという。いわゆるテレビ撮影の為のやらせである。中国当局としてチベット人の暴虐さを世界に訴え、自国が被害者であるかの如く演出をしたつもりだったがバレバレの結果となってしまった。日本の戦国時代、軍師が策に溺れ敗北したように人間の謀には限界がある。策謀国家中国共産党政府の体制破綻も間近と言える。

又、チベット自治区や東トルキスタンは中国の国家的ゴミ捨て場になっているという。北京や上海等、中心都市に住むのに相応しない犯罪者や問題行動者及びその家族を「新天地で再起を」と言葉巧みに誘い出し移住させているとの事である。これは当地に住む少数民族を漢民族に浄化させるのが目的で中国政府の重要な政策の一つとなっている。地元住民として犯罪者が隣近所ではたまったものではない。これら数々の不満が積もり重なって今回の騒動となった。北京五輪前、世界から注目を集めようと企んだ暴動ではなく虐げられた民族のやむにやまれぬ一大蜂起がチベット各地で自然発生的に起きたのだった。

オーストラリア首相、ケビン ラッド氏は先週中国を訪問し、北京大学で巧みな中国語で講演をした。彼はチベット問題について「北京政府は重大な人権問題があることを認識する必要がある」と言い、さらに「真の友人は互いに違う意見であっても率直に述べ会える盟友であるべきだ」とも言った。中国語が旨いから屈中派であると言えない発言である。外交官として中国に滞在していた頃は言いたいことも言えなかった。だが今は一国の主(首相)となり当時疑問に思っていた事を吐き出し始めた。人権に対する中国共産党一党独裁政権と自由主義諸国の考え方の相違である。オーストラリア国民も彼の講演はグッドジョブだったと賞賛している。それにしても日本の政治家、財界、マスコミが中国政府に対して顔色ばかりを伺う姿とは相当な隔たりがある。これでは将来中国が自由主義諸国の仲間入りをしても、永久に信頼関係は構築出来ない。

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2008年3月25日 (火)

163 ゴールドコースト市長選挙

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(写真右はロン クラーク氏、左上はモレック氏、その下はトム テイト氏)

先々週土曜日(15日)、ゴールドコーストで市長選挙の投票があった。ところが有力候補三者が非常に接近していると言うことで、一週間以上経った今も勝者は決まっていない。現市長で元オリンピック選手のロン クラーク氏が35.1%の得票率でトップ、トム テイト氏が26.70%、続いてボブ モレック氏が25.82%である。あと12%近くの開票(郵送投票等を含む)とそれに再度の数え直し結果にもよるが、ロン クラーク氏が逃げ切り勝利となる公算が強い。ちなみにゴールドコーストの居住者は45,5473人で有権者数は22,2620人である。

投票の前日(14日)自宅へトム テイト候補から直々に電話があった。信じられないことなので聞き返すと何の返答もない。すぐに録音だと気付いたが、この国では有権者宅を戸別訪問し、投票を頼んでも選挙違反とはならないのである。日本の場合、人にお願いに行く時には、必ず何らかのお土産を持参する。その最悪の贈り物が金銭の授受で、これがエスカレートすると選挙制度自体を破壊させてしまう。この国ではクリスマス以外、普段は贈り物をする習慣がないから、候補者が依頼に各家を訪問したとしても何も渡さないし、相手方も期待はしていない。知人に突然物をあげるとびっくりされ、見返りを求めていると思われるので、プレゼントの期間中とか、旅のおみやげ以外は渡さない方が良い。日本と欧米諸国とのカルチャーの違いである。

マーケットでお隣さんに聞くと私と同じように彼から電話を受けたお客さんがいたらしい、今流行りのコンピューターによる無差別電話コールシステムを利用したに違いない。彼はリベラル(自由党)から強力なサポートを得ての出馬で選挙費用も一億円使ったそうで、何がなんでも勝ちたかったのであろう。

何時も店に来ておしゃべりをしていく、例の老司会者は「党推薦の候補は当選しても党の意向が強くて市民側には反映されにくい。現市長ロン クラーク氏は四年間の任期中、レイツ(市税)の値上げで評判が宜しくない。ボブ モレック候補だが、彼は地方で不動産業を営んでおり、インディペンダント(無所属)で一番無難である。私は彼に投票する」と言った。

今回の選挙演説でロン クラーク候補は「再選されればレイツの据え置きをする」と公約したらしいが、誰も信用はしていない。彼が市長になってやった事といえば自分の給料を大幅に上げたこと位で、それがレイツアップにもつながっている。このゴールドコーストでは年金生活者が多く、昨今のガソリン代の急騰とか、それによる食料品、生活費の高騰は止どまるところを知らない。年金支給額が増えないのに支出ばかりが増え、困窮生活をしている老夫婦が非常に多い。

昨年この地は雨が降らず水不足で大変だった。当局の水対策からの要求で、ある程度レイツのアップも仕方がなかった。下水を飲み水にしようと空き地のあちこちにコンクリート製の処理漕の建設が始まった。それをセメント管でつなぎ、建築中の新浄水場に送る工事もやっている。自宅の近くでも数箇所工事中の場所があり、私は過去ブログでも詳しく書いた。

ところが、昨年12月後半から雨模様の日が多く、3月後半の今となっても天候がいまいち安定はしていない。それで、今年の夏は摂氏34度の夏らしい暑さは二日間しかなく、最低気温が23度、最高気温も27度と非常に過ごし安い毎日であった。時には大雨にも見舞われ、それが何日も続く事があった。ゴールドコーストの水がめであるヒンズダムの水量も100%を越え、付近から水が溢れ出し、堤防は一時決壊寸前の危険性もあった。最近になって市当局は急遽ダムの堤防を補強し、高くする工事を始めたばかりである。そして新汚水処理施設の工事は停止中となった。すべて計画性のない後手、後手行政といえるが、その最高責任者が市長なのである。

ロン クラーク現市長は40数年前、オリンピック陸上競技400メートル走でゴールドメダリストだと言う。珍しい経歴の持ち主でもあり、前回の選挙では、前の市長ゲリー ベイルドン氏が地元新聞でレイツアップを強力に示唆したことから怖がられ、クラーク候補に一票を投じた有権者も少なくなかった。その前市長が今回再び立候補するだろうとゴールドコースト住民のほとんどが期待していたのだが、どういう訳か彼は出馬しなかった。彼が立候補していれば50%以上の得票率で当選は確実であっただろう。今回の市長選挙では有権者のほとんどが、どの候補が良いのか決めかねたのが原因で、いまだに結果がはっきりしていない混沌とした状態である。白紙票もかなりたくさん出ているという。

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2008年3月18日 (火)

162 日本の調査捕鯨 3

南太平洋で行っていた日本の調査捕鯨は予定よりも一ヶ月早く終了し、3月末で帰国すると決まった。共同船舶株式会社の所有する6隻の捕鯨船団が母船日新丸内の船内火災で鯨肉加工にも損傷が出て捕獲が続けられなくなったとのことである。おそらく冷凍設備かなんかのトラブルで鯨肉の保存がそれ以上出来なくなってしまったのではないか。環境保護団体シーシェパードの度重なる妨害行為に会いながら、クジラ1000頭を捕獲する予定が400頭となってしまった。ついに調査目的の捕獲ではなく商業捕鯨だったとの真実を伝えたのだった。

この調査捕鯨の総経費は54臆円で、その内、一割が水産庁の補助金、九割は鯨肉の販売収入で得なければならず、半分にも満たない捕獲量では赤字となること間違いなしである。世界の国々から捕鯨を反対されているにも拘らず、何故そこまでして鯨に拘るのか、鯨肉なんて食べなくとも日本では肉の種類は豊富で何でも手に入る。そんなに鯨肉が食べたければ、鯨の養殖法を考えれば良いのである。養殖した鯨肉であれば、煮て食おうが焼いて食おうが、誰も文句は言わない。公海上とは言え、外国の庭先まで行って捕鯨をすることが問題となっているのである。

昨今、アメリカだけではなくこのオーストラリアでも世界中で起きているテロに対して異常なほど神経を尖らせ、厳しい法律も制定された。シーシェパードによる調査捕鯨の妨害活動はテロ行為の一種であると思いつつ、それ以上に許せないのは日本の水産庁がサポートしている調査に名を借りた商業捕鯨である。誰もが、抗議活動をしているシーシェパード以上に悪行だと思っているから、彼らのテロ活動には反対するが、常に彼らの肩を持ち、それ以上の非難はしないのである。

ブッシュ親子二代大統領によるアメリカ政府のイスラム諸国への米軍派遣は世界中に数多くのテロリストを誕生させてしまったが、この調査捕鯨では鯨肉の確保と単純な理由だが南太平洋に於いて環境保護団体のテロ活動を生み出したのは日本の水産庁である。IWC総会で決まり、調査捕鯨ならば合法というが、調査が目的ならば母船で鯨肉を加工し、その肉を築地市場で売るなんて、とんでもない話である。もしも調査捕鯨で利益が出れば、そのすべての金額を世界の貧困国に分け与えるくらいの度量を持てば、他国からの非難やテロ攻撃は受けない。他国を顧みず、我が国さえ良ければと、貪欲から出た捕鯨活動だから、諸外国から非難されるのである。日本政府及び特に水産庁に大きな道義的責任がある。

日本はハイテクノロジー機器の研究開発、その技術と性能は世界一である。しかも世界中で誰も真似が出来ない程仕事熱心である。それはそうだ、休日でも、寝ていても、そのアイデアを常に考えているのが日本人技術者たちである。オーストラリア人ならば一歩会社を出れば、仕事のことは一切忘れ、寝食とアルコールに耽ける。男女共、相手を見つけてはおしゃべりに熱中し日々を楽しんでいる。そのようにして時間を潰しているのがこの国の人たちの日常生活である。しかしあまり身体を使わず、食べ過ぎ飲みすぎで異常なほど太ってくる。それでメタボリックシンドロームになっている人が多い。

オーストラリア人から日本人を見るとハイテクノロジーの国から来た人たちとのイメージで憧れさえも感じている人が多い。私は中国人と間違われることが多いのだが、日本人だと言うと、お客の態度は一変して丁寧な態度となる。そこまで信頼されているのに、こと捕鯨となると態度が一変、評判は最悪となる。唯一の汚点は捕鯨問題なのである。

20年近く前、フランスが南太平洋の当国領域内で核実験をしようとしたことがあった。当時オーストラリアの首相ジョンハワード氏は大憤慨した。庭先での核実験をしようとしていたフランス政府に大抗議をしたのである。するとシラク大統領が言った。「オーストラリアからイエローケーキ(ウラン鉱石)を買っているのに」と、するとハワード首相は「原爆製造のためではない。原子力平和利用のために売ったのである」と切り返した。南太平洋は公海であってもオーストラリアにとって侵されたくない地域で、鯨の保護地区にも指定したいと考えている。捕鯨反対は、ホエールウオッチングツアーが盛んなオーストラリアで鯨の数が減っては困るだけの理由ではないのである。

水産庁の捕鯨担当職員が言うには5月に開始される北極海での調査捕鯨に出航し、再度秋の南太平洋での調査捕鯨にも出掛ける予定で、次は希少種であるダトウクジラの捕獲量も増やすそうである。クジラが増え過ぎると魚が食べられ他の水産資源にも影響が出る。だから捕獲をするのだと言うが、それは将来クジラが増え過ぎた時になって考えれば良いことであり、今から心配する必要はない。それに市場では鯨肉が売れないので飽和状態になっていると言う。それならば学校給食に使おうと一生懸命になっているのが水産庁の担当者だそうである。「どうなっているの水産庁の諸氏は? 庁内官僚トップの中にクジラが仇のご人がいるらしい」

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161 日本の差別社会

オーストラリアでは差別に対しての厳しい法律が制定されている。人種間の差別はもちろんの事、性別、年齢、疾病等による差別も厳禁とされている。

今から20年前、私が日本レストランをしていた頃、求人広告の張り紙をレストラン正面に貼った。「ウエイター募集、年齢は20歳前後」と英語で書いた。その後、オーストラリア人で常連の夫婦が食事にやって来た。そしてその広告を見て、この文章はディスクリミネーション(差別)に当たるから、書き直した方が良いと言われた。

私はその意味が分からず、聞き返すと、「レストランではウエイター、ウエイトレスどちらでも出来る仕事だから、男女の区別をしてはならない。それに年齢の表示も差別になる」というのである。日本ではごくあたりまえの求人広告でもこの国では違法となる。では一体どのようにして雇用人を選択するのかと言うと、一般への公募は法律に従い、面接後に雇用主が決めれば良いとのことであった。それに年齢表示はマグドナルドやケンタッキーフライドチキン等、若い人ばかり働く外食産業でジュニアー募集との表示以外はすべて成人だから、雇い主が年齢を指定してはいけないと言うのである。

オーストラリアは多民族国家であり人種偏見による差別は特に厳しく罰せられ、裁判に訴えれば必ず勝訴となる。これが本当の意味での人種差別厳禁法と言える。日本に於ける朝鮮半島出身者の人種差別とはかなりの隔たりがある。第二次世界大戦中強制労働をさせたとか、むりやり日本へ連れて来られたとか、遠い過去の出来事を種に、今その見返りとして、特別扱いをせよと要求している。これは日本が戦争に負けたにも拘らず世界第二の経済大国になったからで、金持ちになったがため貧者からのねだりに他ならない。

日本は世界の経済大国になったと喜んでいるが、それは政府やら大企業だけが良くなっただけで、一般国民に至るまでその還元をされているとは言い難い。戦後のドサクサが過ぎ、高度成長期では家庭を犠牲にしてまで会社の為にと骨身を惜しまず働いてきた団塊の世代、彼らこそが日本を経済大国に押し上げた人たちである。それなのにその努力が本当に報われているかと言うと疑問が残る。日本特有の観念とも言える縦割り社会では上司に尽くすこと、会社に尽くすことが最優先され、それに適した新入社員ばかりが採用された。つまり会社に都合のよいように育てられ、使い安い人材を選んできたのである。したがって会社や上司に従順でない者は勤まらなかった。

欧米諸国とか私の住むオーストラリアでは人を雇う場合、雇ったその日から会社の利益になる人材しか採用しない。いかにその人が会社のために利益をもたらすかが雇う場合の最重要課題で、その見返りとして給料が払われるのである。日本も昨今そのように変わりつつあるが、今なお組織に都合よく育てられた人材、年功序列の古い体質が続く会社が多数で、大企業ほどその傾向が強い。

縦割り社会で最も一般的なのは官僚の世界であろう。有名大学を卒業し関連省庁に就職、公務員試験に合格すればレールの敷かれた軌道を歩むだけで、何の苦労もいらない。やがて時期が来れば関連団体に天下りをし、それを繰り返すことにより、莫大な退職金を得るというのが彼らのプロセスである。しかし何か変な人生の航路だと思うのは私だけではないだろう。成績優秀で東大の入学試験に合格、そこまでは良い。日本の場合、入学は難しいが、後はそれ程勉強しなくとも押し出され卒業されていく、そんな過程を経験しているから公務員となっても同じシステムから抜け出せない。国民の血税で生活しているにも拘らず、プライドだけはものすごく、天下を取った気分で他を見下し差別をするのが日本の官僚の姿である。日本は単一民族国家で人種間差別はほとんど見られないが、このような社会的地位による差別と権力による差別、富裕層からの差別が中心で、金持ちに成りさえすればと、汚い儲け方で利益を得ようとする人が多い。しかしこのような場合、人格が伴わず、同時に不徳も残すから、一代限りで子々孫々までは続かない。

先月のイージス艦「あたご」とマグロ延縄漁船「清徳丸」の衝突事件も「釣り船よ、そこどけ、そこどけ貴艦が通る」でいつも漁船側が避けていたのであろう。衝突を避けるため、お互い右に舵を切るのが海上のルールだと言うが、イージス艦側はそれを無視し漁船に突っ込んだ。艦艇側としては想定外の出来事で漁船が何らかの原因で常時とは違った行動を取ったのである。それにどのような船にも船長がいる。事故を起こせば直ちにその氏名を公表するのが一般的だが、政府、マスコミはその名を一切報道しなかった。渡艦長の名前を公表されたのが事故から一週間後で、それも被害者宅を訪問し謝罪のためであった。周囲がかばい続けられなくなったからで、何とも情けない話である。

平成13210日、ハワイのオハフ島沖で愛媛県宇和島水産高校の練習船「えひめ丸」が緊急浮上した米原子力潜水艦「クリーンビル」に衝突され沈没、乗員35の中9名が行方不明、この事件では原潜ワドル艦長の名前が常時発表された。当時首相だった森喜朗氏は賭けゴルフの最中で事件を知らされてもその対応を取らず無視してゲームに熱中した。その彼が今は党内のフィクサーとして強力なパワーで福田総理とか閣僚人事を決定している。

子供の頃、仲間で「戦争ごっこ」をしたことがある。戦艦大和とか武蔵、その中でも艦長の山本五十六は誰でもが憧れを持ち、その役をやることが子供仲間でのステイタスシンボルであった。イージス艦「あたご」はハワイ沖での弾道ミサイルの打ち落とし実験を成功させ、母港に帰港直前の衝突事故である。艦長は就寝中だったというが、誰も彼を起こさなかったのか、石破防衛大臣、福田首相への連絡の遅れは一体何故だったのか、これでは万が一、日本が危機に陥っても対応出来るかどうか疑問である。国民の血税を使ってイージス艦を購入、高い経費を使って「戦争ごっこ」をしているだけである。

人情のかけらもない異常思想を持つ中国共産党人民解放軍が攻め込んで来たら、海上自衛隊の艦長はじめ隊員は命乞いをして、日本を防衛する任務を放棄、逃げるつもりかも知れない。中国当局に反抗した者は全員、チベット或いは東トルキスタンのようにすべて虐殺される。屈中の自公国会議員たち及び反日左翼政党は日本を侵略した中国政府を手放しで喜び、そのおこぼれに預かろうと必死になってお愛想、物乞いをするのであろうか。皇紀2600年の伝統ある大和民族がわずか60数年の中国共産党政府の銃口にひれ伏した瞬間である。

常識的な日本人はまさかそんなこと中国政府が行うはずがないと楽観的に考える人も多いが、毛沢東語録には銃による共産党革命の達成が掲げられており、毒ギョーザ事件に見られるよう、当局は我が国が毒物を混入させたと責任を転化したように、彼らの脳裏には一体何を考えているのか分からない恐ろしさがある。抗日教育を受けた人民解放軍の若い兵士たちは太平洋戦争時、中国での日本軍への仕返しとして、コンピューターゲームのように日本国民を殺戮するかもしれない。歴史は繰り返すと言われるが、そうならないとは誰も断言出来ない。又、アメリカ政府も西洋思想からは日本防衛に親身になってはくれるとは思われない。日本国は日本人の手で防衛しなければならないのである。

北朝鮮のミサイル発射や核実験なんか問題にならない程、中共の恐怖は深刻で危険極まりない国の一つである。今も100発の弾道ミサイルが日本に向けられているという。連続発射されたらイージス艦が何隻あっても打ち落とすことは不可能である。

先日、人民解放軍幹部から、北京と南京で同時に台湾侵攻を促す直訴が中央政府にあったそうである。政府としては北京五輪前なので、踏みとどめたそうだが、五輪後の中国の動向に目が離せない状況となってきた。

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2008年2月27日 (水)

160 日本の調査捕鯨 2

Peter_garett

T (写真左はピーターギャレット、右の写真はTシャツショップ夫婦)今から10年前、オーストラリアでミッドナイトオイルというロックグループが活躍していた。当時この国のヒットチャートでも彼らの歌は結構上位にあった。その中のリーダー、大柄で坊主頭のピーターギャレット、会ったことはないが、身体中刺青だらけのようなピッピー風で、お世辞にも好人物とは言えない彼だが、前々回の連邦選挙で労働党より立候補し当選を果たした。彼は元グリーンピースのメンバーで環境問題とかイラク反戦でもかなり激しい活動家の一人で、前ジョンハワード連合政権で「好かぬタコ」的な存在であった。その彼が、先々週、金曜日夜のニュース番組に出ていた。久しぶりのテレビ出演で、議員になってから彼を見たのは始めてであった。

彼は現在日本から南氷洋に来ている調査捕鯨の抗議活動をしていて、鯨を殺しているビデオを証拠として写し出していた。「知らぬが仏」で、もし彼が私の前々回のブログを読んでいたなら、調査研究を隠れ蓑とし鯨を捕獲している詳しい実態が分かり、そのようなビデオを撮りに行く必要もなかったであろう。もっとも私のブログは日本人向けで、英文翻訳をしていないから、知らないのが当然とも言える。

その捕鯨団一向が三週間前メルボルンに入港し、大量の船内生活物資を購入したとのニュースがあった。そしてどうもその後をつけられたのだろうか、今回のビデオ撮影となったのである。ビッグニュースの少ないオーストラリア、この日本の調査捕鯨のニュースは国民の誰もが関心をもっていて、日本人である私が何時非難の的にされるか分からない状況で、肩身の狭い思いがする。

前のブログで紹介したTシャツショップでは先週まで、例のホエールサインのTシャツが70枚(一着30ドル)も売れたと喜んでいた。その中のお客さんが、私のブログにある写真を見て、Tシャツを買った記念にと、私と共に写真を撮りたいとのことで、オーナーがお客のカップルを店へ連れてきた。二人はすでにTシャツを着込み、3人揃ってニコニコ顔でのワンショットとなった。こんな場合はまだ良いが、中には過激的な発言をする者も現れるであろう。そんな時、私が相手に言うことは決まっていた。「苦情なら日本政府に言ってくれ、私にはどうすることも出来ないから」である。この国でも同じ、一般市民が連邦政府に抗議など出来ないことぐらいは分かっているからである。

6年前、この国のテレビ番組で日本の商業捕鯨に付いての討論があった。オーストラリア側と日本側の対決で、その言い分の違いは両国の食文化にまで及んだ。気になったのは日本側の発言者で森下某といったが、マジシャンを思わせるような人物、英語はうまかったが、冷血で底知れぬ不気味さを感じた。日本の料理番組で鉄人というのがこちらのテレビでも放映されていたが、その司会者の彼より一回りも二回りも冷血な感じで不気味な雰囲気をかもし出していた。

先日オーストラリアで視聴者が参加して日本の調査捕鯨についての討論番組があったそうである。私は観なかったが、その中に日本人も居て、司会者が彼らに質問をした。「日本人の生態研究をするために日本人を殺してもいいのか?」だったそうである。

過去ブログでも述べたようにブリスベンの沖あいモアトンアイランドのタンガルーマリゾートで40年前には鯨の解体工場があり、肉の加工をし、食料用とか輸出用製品を造っていた。当時は誰もホエールウオッチングなどには興味を示さなかった。しかし今は違う、鯨が増えオーストラリア沿岸まで来てもらわなくては困るのである。日本側も調査捕鯨に名を借りた商業捕鯨をしたいので、両国とも利害関係では一歩も譲れないのである。

利害が絡むと親兄弟と言えども骨肉の争いをするのが人間である。しかし財産は健康があってこそのもの、徳のない者が財産を得ると、夫婦ならばどちらかが必ず大病をするもので、両方を得るのはなかなか容易ではない。

昨今の中国製毒入りギョーザも欲が絡み消費者を無視した結果、広がっていった事件である。中国政府では共産党思想を維持させるため、日本人を鬼畜扱いにすることが必要であった。中国の学校ではそのように教育をしているので、中にはテロ行為に走る若者が現れても不思議ではない。今回の天洋食品工場では日本輸出用と分かった上での犯行で、誰かが最初は毒性の少ない殺虫剤を混入したが、日本でその効き目の反応が現れない。そこで次第に強い毒性へと変えていったのである。中国の公安当局では誰が混入したかすでに知っていて、容疑者からその動機を聞いて公表が出来なくなってしまったのである。これが共産党思想洗脳教育の恐ろしさである。抗日教育によって育て上げた子供たちを罰することは出来ない中国政府。その弁解をすることも出来ず時間をかけてうやむやに済まそうとしているのが現状である。中国国内なら鶴の一声で報道規制を取ることが出来る、でも日本へは出来ない。日本の消費者はそれ程バカではない。中国公安当局の対応次第で、将来中国食品は誰もが買わなくなってしまうだろう。又かりに中国当局が犯人を突き出し、毒物混入は今後もう起きないと宣言しても誰も信用しない。うやむやに済まそうとする方が日本の消費者にとっては良いことかも知れない。「貴方は中毒してでも、中国製の安い食品を買って、食べますか?」である。

輸入元の日本生活共同組合連合会は日本共産党、社民党が大口出資をしている会社である。組合員は何時も反社会的なデモ行進にプラカードを持って参加しているそうである。だからその思想信条も中国政府と全く同じで、今回の毒餃子事件では中国の公安当局に疑わしい日付のサンプルを日本の警察当局の許可を得ずに多数渡したそうである。そして中国当局が検査の結果毒物の混入はなかったとの回答であった。何のことはない、それが持ち帰った理由である。

サッカーのアジア選手権では中国チームの目に余る暴力による反則行為があった。それにもめげず日本チームはよくぞ勝利をした。中国側チーム及びサポーターは数年前の最悪マナーとはちっとも変わっていないのであった。

産経新聞の福島香織北京特派員によると、北京五輪では海外選手たちは医薬品、食料品の外からの持ち込みは一切厳禁となりそうとのことである。水質汚染された野菜や毒の混入した食品を無理やり食べさせ、選手たちに何らかの健康障害を起こさせ、中国選手たちを勝たせるつもりなのかも知れない。とにかく8月の北京五輪では何か重大な事件が発生しそうな気がする。「くわばら、くわばら」である。

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2008年2月20日 (水)